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あの店に彼がいるそうです
第2章 郷に入ればホストに従え
「何をそんなに怒ってるの?」
 この男は……
 俺は玄関で立ったまま動けずにいた。
 気にしないように類沢は部屋の中に入ってゆく。
「理由を教えて下さい!」
 叫ぶと、すぐに彼はスーツを脱いだシャツ姿で戻ってきた。
 ワックスのついた髪を乱して、煙草を片手に。
「なんの?」
「部屋を取り払った理由です! 俺の荷物もなしに!」
「だって借金返済を早くして欲しいからさ。家賃だって馬鹿にならないだろ。大学も返済終了するまで行かせないから」
 だから、何を言っているんだ。
「携帯と財布は持ってるよね」
「はい」
「なら大丈夫」
 なんなんだ。
 俺はホストに生活費やさなきゃいけないのか。
「今日から……ここで暮らせってことですか?」
「そう」
 あっさり言われて眩暈がした。
 類沢が心配そうに手を伸ばす。
 支えられると、煙草の匂いがした。
 嗅いだことのない種類だ。
「ほら、酔い醒まさないと」
 俺は脱力したままリビングに連れて行かれた。
 氷の入ったお茶を渡され、警戒しつつも口をつける。
「……!」
「あ、苦かった?」
 深呼吸をするが、渋みが喉まで来る。
「なんすか、これ…」
「抹茶」
「は?」
「いや、酔い醒ましには丁度いいかなぁって」
 煙草を金色の灰皿に置くと、自分の分を飲み干す。
 上下する喉を凝視してしまう。
 体の全てのパーツが惹きつけられる。
 なんなんだ、本当に。
「いつも、抹茶飲んでるんですか」
「変?」
「変て言うか……イメージじゃないんで」
「イメージねぇ……」
 類沢は真顔になって、煙草を咥える。
 沈黙が重い。
 そもそも、彼は赤の他人だ。
 なんだ。
 なんで、二人きりなんだ。
 ワケがわからない。
「僕のイメージってどんな?」
「え」
「歌舞伎町NO.1ホスト類沢雅?」
「……えと」
 類沢は虚しそうに空笑いした。
「ほら、会ったばかりの人でさえ、そのイメージなんだよね」
 グラスを流しに運ぶ背中に、凄く寄り添いたくなる寂しさが漂う。
「お腹空いてない?」
「空い……てますけど」
 類沢はキッチンから出てくると、財布を手にとって俺の肩を叩いた。
「外に食べに行こう。デビュー祝い」
「ホストの?」
「そう」
 おめでたいだろう?
 そんな口振りが、一層空気を空しくさせた。
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