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あの店に彼がいるそうです
第10章 最悪の褒め言葉です
 悠はすぐに忍の傍らに腰を下ろして、手首を持ち上げ脈をとると、ポケットから出したライトで忍の瞳孔を確認した。
「どう?」
 類沢の問いかけに躊躇うように唾を飲む。
 拓は気が気じゃなく、悠のそばにすがるように座った。
 一心に忍を見つめて。
「ただの気絶じゃない。過労とかの類いでもない。昏睡に陥っている可能性がある。すぐに運ぶぞ。知り合いの大病院に連れていく。精密検査と一刻も早い対処が必要だ」
 一息にそう言うと、悠はどこかに電話を掛けて類沢に車を回してくるよう指示した。
「昏睡……」
 拓が呆然と呟く。
「なん……で?」
 俺は唇を噛み締めた。
 信じたくなかった。
 認めたくなかった。
 こんなタイミングの良すぎる不幸なんてないと思いたかった。
 鵜亥が今では死神にすら思える。
 現実じゃない。
 そんな気がするのは、脳が逃げているだけなのかもしれない。
「忍、前に病院で精密検査受けてるんすよ」
 悠が顔を上げた。
「その結果は?」
「問題ない……って」
「口だけで?」
 つまり、証拠の有無。
 拓は戦慄きながら首を縦に振った。
「けどっ……あいつが嘘なん、て」
「患者ってのは一番嘘つきな状態の代名詞だと俺は思っている」
 悠の乾いた声が現状を知らしめるように強く鼓膜を揺らした。
「とにかく病院に急ごう」
「はい……」
 拓の顔から表情が消えていた。

 救急に搬送され十五分。
 俺は拓と二人で待合室にいた。
 悠と類沢は医者と話している。
 相席は許さなかった。
 自販機の重厚な振動音が響くなか、お互い口を開かないまま時間だけが過ぎる。
 その間頭を占めていたのは鵜亥の話だけだった。
 寒い。
 全身が鳥肌たっている。
 呼吸が聞こえる重い空気。
 拓はずっと顔を手で覆って俯いていた。
 その膝が震えてる。
 俺は、どうすりゃいい。
 何も出来ずに。
 ただ……時間だけ。
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