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あの店に彼がいるそうです
第10章 最悪の褒め言葉です
 電車に揺られながらもずっとサイトの文書が脳内を渦巻いていた。
 ガタンガタン。
 目を瞑る。
 拓の顔が蘇る。
 必死な表情が。
 ドナー提供、出来ないって知ったらどんな顔するんだ。
 暗い。
 一つの病がこんなにも重い。
 ああ神様。
 ふっと突いて出た祈り。
 なんて人間は勝手なんだろ。
 こんなときばかり信仰心を騙って見せる。
 都合のいい奇跡としか思ってないんだ。
 全知全能の神ですら。
 窓の外を眺める。
 こんなに穏やかな景色なのに。
 世界は変わんないのに。
 俺だけがもがいてる気がする。
 けどそんなの錯覚。
 知らなかっただけなんだ。
 年間に数十件は脳死肝移植も行われている。
 それだけ関わる親族がいる。
 友人がいる。
 トン。
 窓に頭をつける。
 息で曇る景色をぼーっと見つめた。

「シエラへようこそ、お姫様」
 煌びやかな店内に目を瞬かせる。
 こんなに明るかったっけ。
「瑞希、もう一人の新人はどうした」
 隣の一夜が目線を固定したまま尋ねる。
 俺も玄関から目をそらさずに訳をかいつまんで話した。
「キャッスルにいるっていう親友の話か」
「そう」
 アカが女性を連れて店の奥に消える。
 晃達が指名で呼ばれていく。
 俺はそれをどこか別の世界から見ている気分だった。
「類沢さんは知ってるのか」
「うん。病院で話を聞いたのは類沢さんだけだし……忍は家族がいないから」
「じゃあドナー提供は難しいな」
 はっとして一夜を見る。
「一夜詳しいの?」
「昔母さんの友人が肝臓の病気かなんかで移植したって話を聞いただけだけどな。相当手術までの流れだけでも大変だってのはわかった」
「そっか……」
 また扉が開く。
 挨拶をしようとして彼女の顔に動きが止まる。
「あ」
 つい声が出てしまう。
「お元気かしら、瑞希」
 蓮花だった。
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