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あの店に彼がいるそうです
第10章 最悪の褒め言葉です
「類沢さんにしか頼めないっていうか……凄い勝手なのはわかってます」
「ははっ。本当にわかってる? スーツを買ったのとは訳が違うんだよ。確かに僕なら数千万くらいなら出せるだろうけど、瑞希は僕をなにか勘違いしてない? 瑞希にとっての都合のいい保護者じゃない。足長おじさんでもないんだよ」
「わかってます! でも」
「でも? その額をあとで瑞希は支払えるの? 友人の為に保証人になるのと同じだよ」
 肩に手が当たったと思うと俺は押し倒されていた。
 ソファの固い感触が背中を撫ぜる。
 掴まれた肩に痛みが走る。
 煙草の香りが恐怖を呼び起こさせる。
「類沢……さん」
 ハラリと長い髪が俺の頬に当たる。
 類沢の目は鋭く冷たかった。

「甘いよ」

 その一言が俺の心の底に重く突き刺さる。
「あの日晃のルイを割った時となんにも変らない。謝れば許してもらえる。お願いすれば聞いてくれる。それだけで社会は回ってない。二十歳の瑞希に僕は甘やかしすぎたかもしれない。そろそろ現実を知ったほうがいい。そんなに簡単にことは運ばない」
 そこには、俺の知らない辛い暗い世界を通ってきた気迫があった。
 一言一言が俺の、確かになんにもわかっていない甘すぎた考えを貫く。
 身動きできない状況に冷や汗と心臓の動機が止まらない。
「けど俺……どうしたらいいかわからなくて」
 上司の顔の類沢に何を言ったらいいんだろう。
 俺はどこかで妄想していたのかもしれない。
 優しい類沢さんなら頷いてくれるんじゃないかって。
 でも、そのあとのことも何も考えてなかった。
 ただ焦りだけが先行して。
 逆の立場だったら?
 俺も怒ったかもしれない。
 かたかたと体が震えている。
 それに気づいた類沢が手の力を緩めた。
 肩にじんじんと痛みが残る。
「明日、医者がこれからのことを話してくれる。それを聞いてから、ちゃんと拓と話してから、どうするか決めなよ」
 身を起こして座りなおした類沢がまた煙草を咥える。
 自分を落ち着かせるかのように。
「一人で悩んで一人で決めた決断は大抵最善じゃない。親友なら猶更よく話し合ったほうがいい」
「……はい」
 俺は肘をついてゆっくり起き上がる。
 不甲斐ない。
 やるせない。
 穴があったら入りたい。
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