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あの店に彼がいるそうです
第11章 いくら積んでもあげない
 服を雑に着直して部屋に戻る。
 携帯を手に取ろうとしたが、そこには何もなかった。
「あれっ」
 ここに確かに置いてあったはず……
 浴室に入るまでは、絶対に。
 念のためソファも確かめる。
 ない。
 今すぐ類沢と確認しなきゃいけないことがあるのに。
 なんで。
 こういうときに限って。
 チャラリン。
 着信音が響く。
 背後から。
 俺の、携帯に設定していた着信音が。
 けど、俺は何故か振り向けなかったんだ。
 だって、その音は足音と一緒に近づいてきていたから。
「そんなに急いで誰と連絡とるつもりだ?」
 ピッ。
 電源が切られる音の後に、鵜亥の笑い声が続いた。
 もう十五分経っていたのか。
 やっとの思いで振り向く。
 それと同時に肩を押され足を払われ、俺は床に押し倒されていた。
 ダンッと後から衝撃が背中に響く。
「なにして……」
「ようやく状況がわかった? 宮内瑞希様」
 上着を脱いだ鵜亥の首元から垂れたネクタイが頬を撫でる。
 ぞわりと鳥肌が立つ。
「闇医者なんて……嘘だったんですね」
「真偽を確かめることが一番困難な職業で便利だろ? 実際アメリカの闇医者達とコネクションがあるから真実味も含められたし、随分あっさりと騙されてくれたものだな」
 手を押さえつけられているわけでもないのに、俺は鵜亥を押しのけて立ち上がることができなかった。
「あんた……誰なんだ」
 相手がこれほど高圧的なんだから敬語は使う必要もない。
 照明の陰になって表情の見えない鵜亥を睨み付ける。
「私は鵜亥だ。堺からつい先月ここに来た。篠田や類沢は教えてくれなかったのか?」
「ホストの関係者なのか」
「くっ、はははっ。誰が」
「じゃあ、秋倉の組織か」
「いい線突いている。だが残念。あいつとは仕事取引相手ではあるが、仲間ではない」
 もてあそばれている気分だ。
「類沢さんに……何をする気だ」
 そこで鵜亥は少し身を起こした。
 明るくなった顔に笑みが広がる。
 俺の顎に指をかけ、彼は穏やかに言った。
「奴は秋倉の元に戻らされるだろう。今どこにいると思う? 秋倉のビルに向かっている。ここだと思ってね。だが向こうには彼の組織と汐野しかいない。お前と交換条件に引き込むつもりらしいが、恐らく力づくになるんじゃないか」
 バシン。
 俺は持てる限りの力で鵜亥の指を払いのけた。
「ふざけんなっ!」
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