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あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と
 過去のトラウマの威力は凄まじい。
 それは他人などの想像をはるかに超える。
 巧の過去を知ったのは、鵜亥の身辺を調べる最中だった。
 そこからすぐにスフィンクスで元運び屋の戒が勤めていることを知る。
 これは偶然とはいえ好条件だった。
 秋倉を遣わせたのはこれが理由だ。
 宮内瑞希はともかく、類沢雅を手中に取られれば、篠田春哉は必ずケイに助けを求める。
 そこから巧と戒を知る。
 八人集つながりの我円に協力を頼むのは眼に見えている。
 ここからが、本番だ。
「う……柾谷、さん?」
「気が付いたか。秋倉。麻酔銃を食らうとは、間が抜けているんじゃないか」
「申し訳、ありません」
 深々と頭を下げた秋倉に笑いかける。
 お前も、大きなトラウマを持っている。
 触れたくはなく、捨てたくもない存在を。
 今回はそれを利用させてもらった。
 巧と類沢雅。
 鵜亥と秋倉真。
 似ている関係性だと思うのは自分だけでは無い筈だ。
 だから、柾谷は優しく秋倉に笑いかける。
「気にするな。西雅樹の行動はお前に知らせていなかった私の責任だ。そう気に病むな。心配ない。ここの修理は経費で落としてやる」
 滅茶苦茶になった部屋に今更気づいた秋倉が目を丸くする。
 ああ、そうか。
 随分早くに眠らされてんだな、お前は。
「雅は、逃げましたか」
 ほう。
 そういうことはさっさと理解するのか。
 それとも予想していたのか。
 願っていたのか。
「ああ。逃げたようだ。ご丁寧に窓からな」
「そうですか」
 そう嬉しがるな。
 さて。
 柾谷はもう一度道路を眺めた。
 一体何が起こっていたんだ。
 全てを仕組み、全てを操っていた柾谷だが、たった一人。
 たった一人だけ。
 知り得ていない存在があった。
 これは、ケイが携わったことではなかったからだ。
 その息子。
 金原圭吾と雅樹の間で交わされた契約。
 そこには流石に関与など出来ない。
 それに、今回の件にその人物は深く関わってはいなかった。
 少なくとも、柾谷の視点では。
 だから、見過ごされ、逃げられた。
 きっと知ることはない。
 予定外の、誰も予想しなかった彼女を。

 弦宮麻耶。

 たとえ知ったとして、彼女と類沢の過去をどうやって理解できるだろう。
 誰にも出来る訳がない。
 閉じられた空間、孤児院の中での十二年間を。
 誰も。
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