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あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と

「雅樹」
 救いを求めるような二つの眼に穏やかに語りかける。
 一の言葉から三くらいは受け取ってくれよ。
「僕の後ろのガラスは、反対の道路に面している」
 雅樹の眼が見開かれる。
 一秒も間をあけず、彼は望んだ行動に移ってくれた。
 手錠をしている類沢には、難しいその行為に。

 銃声が六発轟く。
 同時に玄関の扉が放たれた。

 秋倉の姿を確認し、部屋になだれ込んできた黒服の男たちは、夜の風を吹き込む大きなガラスの穴を前に立ち尽くした。
 床に転がる弾丸。
 目の前に広がる上司の部屋の惨状。
 そのうちの一人が、怠慢に歩いて割れた窓に近づいた。
 そこから道路を見下ろす。
 走っている車は十数台。
「……逃げたか。類沢雅」
 低く笑う柾谷を、部下達は不審げに見つめた。
 今回の契約の全貌を知る者は彼自身だけだった。
 宮内瑞希、類沢雅、岸本忍。
 この三人を巡って動く鵜亥たち、ホスト達。
 それらをケイの力を使って全て眺めていたのが、柾谷だった。
 今頃鵜亥の元に巧たちがいることも知っている。
 それは、彼が仕組んだといっても過言ではないから。
「出る杭は早めに処理しないと……」
 鵜亥が東京に入った情報を得てから、彼はどうやって追い出そうかと策を考えていた。
 そこで、歌舞伎町で噂になっている宮内瑞希の存在を闇ルートに流し、狙い通り青年好きの鵜亥が食いついたのを見て今回の作戦に至った。
 勿論共謀を持ちかけてきたのは鵜亥サイドではあるが、秋倉の存在を知らせたのは、これもケイ。
 堺から出てきたばかりの連中に独自の情報ルートなど手に入るわけがない。
 操作も容易い。
 だが、一つだけ彼には個人的なメリットがあった。
 岸本忍の命だ。
 鵜亥の手が無ければ助かる見込みは低かっただろう。
 無精ひげを撫でながら柾谷は苦く微笑む。
 誰とでも金の為に寝る女の元に生まれた不憫な子。
 父親が誰かもわからぬまま、二十二年間生きてきた子。
 一度だけ、母親を通じて中学の生徒六人を始末したことがあった。
 学校で性的暴力を振るわれたらしい。
 あの容姿ならありうる、そう思った。
 そして、快く引き受けた。
 確信などない。
 自分の子だなど。
 だが、放っておける存在ではない。
 生きていてほしい。
 例えホストでも構わない。
 男娼でも構わない。
 生きていれば。
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