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あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と
 無数の人々が二人を包むように周りを過ぎていく。
 忙しなく歩く人々の傍らで、二人は優雅に向かい合っていた。
 豪勢なスーツの類沢と、ブラウスとスカートの麻耶は、周りから見ればどんな関係に見えるのだろう。
 手を伸ばせば互いの頬を触れることの出来る距離。
「ずっと、ずっと会いたかった……」
「知っています」
「何通も、何通も手紙を書いたわ」
「大切に取ってあります」
「届いたのね」
「ケイに頼めば誰にでも届きます」
「一介の弁護士の私には、それしか出来なくて……」
「驚きましたよ」
「そう? 随分時間がかかってしまったけどね。でも、返信は一つもなくて……」
「申し訳ありません」
 束の間の沈黙。
 雑踏の音が消える。
 二人の唇から発せられる声だけが世界を支配しているように。
「……雅は、外に出たかったの?」
 絞り出した質問。
 訊きたかったことの凝縮。
 どうして。
 なぜ。
 何があって。
 誰の為に。
 それを全て内包した質問。
 だから、類沢は微笑んでしまった。
 本当に貴女は僕を知っている。
「どうでしょう。ただあのときは、好奇心という一言では片付けられない何かが焚き付けたのかもしれません」
 信愛していた貴女を置いていくほど。
 二度と戻れないと知りつつ。
 何も告げず。
 余りに酷く。
「私は、雅があそこでじっとしてるような人じゃないとは思ってた。外出許可の出たあの日、凄く後悔したわ」
「腕の怪我のことでしたら自業自得……」
「違うの。そうじゃなくて……駅ではぐれてから、思ったの。このまま雅はいなくなってしまうんだって。私では止められないって。でも、それを悟った瞬間必死で探し出そうとしたの。絶対にそれだけは嫌だった」
 麻耶の声が震える。
 その肩を抱きしめることは容易いのに、類沢は動かない。
「ええ。それだけは嫌だったわ。あの時ね、あの時……」
 ああ。
 聞いてはいけない。
 その言葉だけは。
 この十七年間目を背けつづけたその想いだけは。
 無様に飛び出し、地獄を味わった自分には相応しくないから。
 それだけは……
「気づいてしまったの」
 ぶわっと強い風がビルの谷間を駆け抜ける。
 二人の長い髪が舞った。
 数瞬が、とてつもなく長く感じる。
 風が収まった時、世界が無音になった。
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