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あの店に彼がいるそうです
第13章 今別れたらもう二度と
 その時の気持ちは……

 焦燥だった

 混乱だった

 衝撃だった

 動揺だった

 落胆だった

 歓喜だった

 己の存在意義が根本から崩れてしまう

 そんな、そんな気持ちだったんだ。


 地に足がつく。
 新宿歌舞伎町。
 タクシーから降りた類沢は、静かに麻耶の方を向いた。
 何を言われるのか知っているかのように口早に彼女はそれを遮る。
「帰れなんて、言わないで」
 一切涙の滲んでいない、強い瞳。
 ああ、そうだ。
 この人は自分がどれほど辛かろうと涙を見せない。
 ただ、いつも僕が無理をすると代わりに泣くんだ。
 類沢は苦く笑って新緑の光を秘めるその瞳を見つめた。
 非難はなく、心配もなく、ただ弟が姉を見つめるような、言いしれない何かを含めて。
「何年ぶりかしら……」
「十七年です」
 1223。
 あの写真のメモを忘れたことはない。
 毎年十二の僕を残して歳月が過ぎていくのを感じつつ。
「そう。本当に……綺麗になったわね。雅。いえ……あの頃から怖いほど貴方は綺麗だった。人を寄せ付けない空気を纏って。今は、逆に人を惹きつけて離さない……それが、変化かしら」
「劣化、かもしれませんよ」
「いいえ。違うわ」
「貴女はこの十七年でどれほど僕が惨めだったか知らないから」
「いいえ……いいえ……っ」
 麻耶が辛抱強く首を振る。
 ネオンに照らされた栗色の髪が光を含んで揺れる。
 四十という歳を感じさせない、透明でいて深淵のように掴めない魅力。
 ここに似合わない存在。
「確かに、知ったような口は効きたくないわ。何があったかなんて。だって直接見てきたわけではないもの」
「雅樹は何か話してましたか」
 その名前に麻耶が眉を歪める。
「あの子は……雅に似てるとこがあるわね。唯一の存在感を持っているのに、世界に何の期待もしていないような」
「くく……そう見えましたか」
「ええ。今は、違うけれど」
 いいえ。
 違う。
 貴女は否定する。
 僕が自分を蔑むとすぐに。
 違う、と。
 昔からそうだった。
 必死で繋ぎとめるかのように。
 何に?
 彼女自身に?
 麻耶は長い睫毛を少しずつ上に持ち上げ、こちらを見た。

「久しぶり、雅」

 それは余りに滑稽な挨拶だったというのに、類沢は自然と返していた。
「お久しぶりです、麻耶姉さん」
 再会をやり直すように。
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