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あの店に彼がいるそうです
第14章 夢から覚めました
「昔話をしよう」
 篠田は俺に語りかけると言うより、自分を鎮めるために優しくそう始めた。
 昔話をしよう。
 俺が知らない、話を。
「あいつと俺が出会ったのは五年前。シエラに入るのはその一年後だ。俺は当時、歌舞伎町の争いに苦しむただの若手の営業者だった、ホスト上がりのな。八人集のうち、伴と空牙はまだホストにすらなってなかった」
 四年。
 類沢さんがホストになって四年。
 トップは他に思い付かない。
 そんな地位に登り詰めた四年。
 篠田が不自然に身を起こして固まってる俺に、ジェスチャーで「横たわれ」と命じる。
 体中が鈍い痛みに包まれていた。
 枕を立てて顔だけは向けられるような姿勢に移る。
 下半身は麻酔でも打ったみたいに感覚がない。
 打ったのかもしれない。
 記憶のない時間に何が起こっていたかなんて俺には何もわからない。
「当時のあいつは……お前じゃ想像もつかない、いや、片鱗は鵜亥のもとで見てきたか、人間として扱われない世界に生きていた」
 類沢さんと話した時間がよみがえる。
 囚人のように番号で呼ばれていた時代を、目を細めて話していた横顔を。
「流石とでもいうべきか、あいつはその世界でもトップに君臨していた。まあ、自身はそんなことには何の感慨もないといった態度だったがな。二十三か。あの頃は。十年以上も暗いビルの中で体を使ってきたあいつは、心が全て擦り切れたような、形だけ保っている人間だった。今の姿からは想像できないだろうがな」
「チーフは……どうやって類沢さんに出会ったんですか」
「ん? ああ、そこから話さないとわからないよな。きっかけは、今回も協力してくれたケイだ」
「ケイ……」
「凄腕のフィクサーとでも思ってくれればわかりやすいだろ。類沢がイタリアンに連れて行ってくれたんじゃないか? あの店には息子の圭吾も働いていたはずだ」
 ミシュラン一つ星の……
 ああ。
 懐かしい。
 カウンター席で並んで座ってホストデビューの祝いにシンデレラとかいうカクテルも貰ったんだっけ。
 あのマスターがケイなのか?
「そのケイから秋倉の組織について聞いていたんだ。ホストを辞めた若い輩が流れている噂もあったしな。そこで、一番金を稼いでいる男娼の話をした。今の類沢雅、当時の二十三号の話を」
 ごくりと生唾を下す。
 まさかチーフから聞くなんて思いもしなかった過去。
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