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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです
「まだ質問には答えてもらっていないが?」
 吟が粘り強く問いかける。
 こういうことは曖昧にしてはおけない性格だ。
「雅のことですね。はい、生きてることはわかりましたよ」
 篠田はそれだけ言って口を閉ざした。

 シエラの噂は翌日には知れ渡っていた。
 なにより大騒動になっているのは勿論当店だ。
「アカさん! ほんっと一生付いて行きます!」
「あーもー。うるさいって。朝からずっとさあ」
「でもなんで愛まで……」
 ロッカールームで派閥メンツを見回し、アカは呟いた。
「堺で鍛えた腕があるからだろうねえ」
 コンコン。
 ノックが鳴る。
 スーツに着替えた全員が並ぶ。
「おはようございます、篠田チーフ」
「おいおい。野球部じゃないんだから」
 最後の出勤となる篠田が苦笑いして髪を掻く。
 その後ろから愛も入ってくる。
「そのうち事務とか外部の奴を手配する。この先はもうお前ら次第だ。どうしてもいい。ただ……」
「暴力、薬は自ら手を出すな。ですよね」
 にまっと笑った紅乃木につられて微笑む。
「正直楽しみなんだ。俺も類沢もいないシエラがどう変化していくのか」
「後悔してください。手放したことを」
「言うな?」
 部屋の中の皆が頬を緩ませる。
 決して楽観的ではない未来のことを気に掛けて落ち込む者はいなかった。
 見せてはならないと知っていた。
 誰もが入店時から世話になったチーフにちゃんと顔向けするために。
「愛」
 呼ばれてやっと前に進みだす。
「鵜亥の元に居たお前だからこそ出来ることをやってくれ」
 ぽんと肩を叩いてから耳元で囁く。
「雅を超えると宣戦布告したこと忘れるなよ」
 ぎくりと愛は肩を強張らせた。
 あのアイコンタクトに気づいていたのか。
 だが、その反応を篠田は鼻で笑う。
 瑞希にすらばれていたというのに、と。
 ロッカーの扉を開けて店内に戻ると、ずらりと並んだホスト達に囲まれた。
「おいおい。全員いるな」
 中心から羽生千夏が歩み出る。
 紫野恵介はニヤニヤとソファに胡座を掻いていた。
「チーフ。お疲れ様でした。オペラの開店日を、楽しみにしています」
「ああ。兄弟別れは済んだか?」
「……はい」
 一夜が重い顔をして篠田の隣に立った。
 今回オペラに連れて行くのは三人のみ。
 一人は、羽生一夜。
「いち兄……頑張って」
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