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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです

「掛けた迷惑と苦労の大きさはわかっているつもりだよ……」
 光が溢れてくる薔薇窓を見上げて溜め息を吐く。
「何て言うかな。秋倉の所から拾ったガキが、息子のように育て上げた滅茶苦茶良い男が、たった一人の女に少年に戻されたのが心底ムカついたんだろうな。今のお前は俺が育てたお前じゃない。だったら殺してやろうって」
 重さを感じない奇妙な沈黙が二人を包み込んで揺らいだ。
 ぱたぱたと、スーツの裾を風が玩ぶ。
「……俺はお前が好きだよ。雅」
 敢えて顔を見ずにそう囁いた。
 類沢は伏せ目がちに篠田の方を向く。
 だが、どんな表情をすればいいかわからなかった。
 余りにも予想外の言葉だったから。
「そうだな。それを気づかされたからムカついたんだろうな。親として、兄として、チーフとして、上司として……そう見てきたはずだった。この三ヶ月が狂わせたんだ。焦ってオペラを開店しちまうくらいにな」
 自嘲しながら腕を広げて店を見上げる。
 そのなかに抱くように。
 夢の店。
 何度二人で語ったことか。
 場所を下見したのも数えきれない。
 銀座か、品川か、はたまた二十三区外か。
 そうして青山に決めたときも、権利書を手にしたときすら迷いを捨てきれなかった篠田を笑いながら励まして。
 いや、そんな優しくなかったか。
 背中を蹴りながら、だな。
 無言で過去に浸り、篠田が腕を下ろしてから類沢がポツリと言った。
「僕に失望したよね」
「その質問が失望だ」
 あっさり言い捨てられ、クスクスと笑う。
「懐かしいなあ。初めて春哉が会いに来たとき。珍しく先の客がいなかったんだよね。体も口の中も綺麗でさ。ああ、今日の初めてはこの男か、って」
「結局フェラもさせずに帰ったわけだが」
「まさか、って思ったよ。二回目にはあんなメモ渡されてさ。読み返して、読み返して。小木に見つかったらダルマにされるなとか。焦って飲み下して、足抜きって言うの? 失敗した奴等の成れの果ても知ってたから」
「相当残酷なことをしたとは思ってる」
「でもそうまでして僕に目をつけてくれたんだよね」
 腕を組んで肩を軽くストレッチする。
 随分疲れが溜まっていた。
 隣の類沢はそうでもないようで、穏やかな顔で篠田を見つめた。
「……キス以上はしなかったね」
 ふざけてやり合ってたそれも、今思えば唯一のスキンシップだったと気づく。
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