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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです

「お前は瑞希との二人暮らしを生殺しと言ったがな……」
「あははは。春哉に比べればねえ」
「そりゃあ、最悪なもんだった。お前は宿代だとか無理矢理やろうとしてきたしな」
「うわ。思い出したくないな」
 可笑しく笑い合う。
「お前のキスは親父向けなんだよって二時間くらい教えてくれたよね」
「やめろ。あれは辛かった」
「舌咬みすぎて二人とも腫れてたっけ」
「そうだ。咬み癖直さないと客に嫌がられるってな。半分はわざとだったろ」
「どうだろうね……」
 五年。
 たった五年。
 シエラで過ごした日々。
 夢を抱き、目の前の男にそれを託せるかもしれないと本気で育てた日々。
「覚えている。細かいことも沢山。弦宮麻那から連絡が来たら、死んだと伝えろってのも」
「そんなことも言ったね」
 もたれた車のボディを手のひらで撫でる。
 長く細い指で。
「今は仕事はしてるのか」
「長野で雑貨屋やってる」
「くははっ。似合わねえ」
「結構賑わってるんだよ」
「お前が看板なら当然だ」
「弁護士は細く続けてる」
「働く必要あるか疑問だ」
「金は腐るほどあるけど」
「もう戻ってこないのか」
「……」
 返事に詰まった類沢が胸ポケットを探る。
 篠田は自分のそれを差し出してやった。
 指に挟んだタバコを受け取り、歯で噛むようにくわえた。
 ライターを三回ほど鳴らして火を点ける。
「まあ、お前の顔面期限は五十年だ。十年くらいブランクがあっても客はいる。吟さん見てみろよって話だ」
「五十年かあ」
 吐いた煙が店の光を含みながら漂う。
「つっても既に二十九だ。あっという間に哲と愛と晃に超されてヘルプまで下がるだろうな」
「僕のこと好きなんじゃなかった?」
「フォローはしねーよ。愛してるがな」
「ああ、全く。昔から春哉には敵わない」
「親を舐めるな」
「そうだね……」
 それは弦宮麻那にも当てはまると気づいた二人に重苦しい空気が下りてきた。
 過ぎた時間は確かに関係を変えていた。
 篠田の告白も要因の一つだろうが。
 無言で四分ほど佇む。
 風の音と遠くから響く車の音。
 それだけが心地よく。
 今の状況など忘れてしまいそうな良い夜。
 類沢のタバコの薫りが空に昇る。
「……本当にありがとう」
 どれ程の想いを巡らせたか、篠田にはわかっていた。
 だから、その簡潔な言葉に頷く。
「どういたしまして」
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