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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです
意識のロープが鼻の先をゆらゆら漂っている。
まだ掴まなくてもいい。
そんな声も聞こえる。
だから、俺は気持ちよく目を瞑り、体が起きるまで休むことにした。
こんなに深く眠ったのはいつぶりだろう。
「起きて」
優しい声。
まだ起きなくてもいいのに。
「起きて、瑞希」
頬に手が添えられてる。
柔らかくて、細い手が。
「起きないとキスするわよ」
はっと目が開かれる。
いつもの癖で飛び起きそうな上体を押さえ込む。
「蓮花……さん」
くたびれたドレスを纏い、彼女は薄く笑った。
「おはよう。久しぶりね。火傷して来たときを思い出すわ」
天井の模様で気づいた。
栗鷹診療所だ。
俺、弦宮麻那を見送ったあと倒れて……
心臓がふわりと浮く。
「っ店! 今何時ですか!?」
左腕をさするが、腕時計はない。
蓮花は呆れて眉を潜めながらも、壁の時計を指差した。
「午後四時よ」
「やっばい!」
オペラの出勤は午後五時半。
間に合うか。
ベッドから降りて、衣服を整えながら鏡を探して歩く。
「貴方、なんで倒れたかわかってるの」
冷たく鋭い声紋が背中を突き刺す。
俺は立ち止まって、振り向いた。
無表情の蓮花はぞっとする迫力がある。
「弦宮麻那が毒を盛ったのよ」
「……そうでしたか」
「わかってたの?」
「いえ。なんとなく」
「ここに来るのが遅かったらどうなってたか」
「西雅樹……」
「は」
怒気を込めていた蓮花が目を丸くする。
「なんで彼の名前が」
「似てるなって。俺一回拉致されて、薬打たれて、そこに類沢さんたちが来て助けてくれたんですけど。それに似てるなって……」
ひょっとしたら。
それは現実味のない想像。
あのときから、背後に同一人物がいたとしたら。
今回も彼女に関わった者が……
「はあ……さっさと行くわよ。送ってあげるわ。店の裏口に下ろすからロッカーで身だしなみ整えて」
チャリ、と十字架のキーホルダーが付いた車の鍵を指で回して蓮花が部屋を出る。
「え?」
「言っておくけど、私の車に乗せるの貴方が初めてだからね」
「悠さんたちは」
「オペラよ」
足早に外に出る。
派手な紅色の外車が駐車場を横切って大胆に止まっている。
キーのボタンでヘッドライトが灯る。
「蓮花さん」
「助手席に載って」
とてもドレスで運転する車じゃない。