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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです

 初めて会ったとき、直感を信じた。
 こいつなら夢を託せると。

「雅」
 月を背に、完璧な男が振り返る。
 ああ。
 完璧だ。
 お前の支えなんて要りはしない。
 そうだろ?
 そうやって来たじゃないか。
 施設から逃げ出してずっと。
 一人で生きてきたお前に、今更母も姉も必要ないんじゃないか。
「どうしたの……春哉」
 お前の隣の彼女は事情を知っている。
 そんな笑みを浮かべているだろ。
 仮面を外して。
 汚れなき素顔で。
 何一つ、非はないと。
 美しい女性だ。
 蓮花も相当だが。
 鏡子といい、周りの女は普通じゃない。
「店で何か……」
「招待は受けました。もうよろしいでしょう」
 場を制する凛とした声。
「ええ。確かに今夜の用件は終わりです。弦宮様。でも、チーフとして、こいつにまだやってもらいたいことがあるんです」
 雅が戸惑いの色を浮かべる。
 脆くなったな。
 お前。
 青年の時よりも。
 ずっと。
 秋倉に見せた殺気はどこに捨てたんだ。
 太客を惹き付けたオーラは?
 なに油断して少年に戻ってる?
「ダメよ」
「麻那姉さん」
 雅の声を聞かずに麻那は篠田に歩み寄り、耳許に顔を近づけて囁いた。
「……ごめんなさい。これはケイからの頼まれごとなの。宮内瑞希は栗鷹診療所に任せれば命に別状はないわ」
 瞳孔が開かれる。
「あんた……」
「あの子は雅を惹き付ける。私には時間があの子ほどないの」
「どういう」
「時間がないのよ」
 すっと離れた麻那の手には、篠田の仮面。
 それを悪戯っぽく付けて、彼女は雅の元へ戻る。
 触れてはいけない。
 そんなものを感じた。
 感じてしまった。
 美人薄命というやつか。
 雅の話だと、彼女は既に四十を迎えて……
 考えても仕方ない。
 今やオペラ座の主役は彼女に奪われた。
 何もない眉間を押さえる。
 雅。
 お前は、だからそこにいるのか。
 目の前の彼女の人生を見守るため。
 そこにいるのか。
 それはあまりに

 惨いじゃないか

「春哉」
 握り締めていた拳から力が抜ける。
 雅が目の前にいた。
 似合わないな。
 その髪型。
 客も減る。
「なんだ」
「今日は……失礼するね」
「ああ。呼び止めて悪かった」
 二人が肩を過ぎていく。
 無様だ。
 至極、単純なこと。
 お前に、ここに……
 月が翳った。 
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