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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです

 車から降りて、運転席の窓を開けた蓮花に深々とお辞儀をする。
「あ、あの。蓮花さん、初めて会ったとき云ったじゃないですか。篠田チーフが何故シエラを開いたかわかったら、って」
 シートにもたれて上目遣いで此方を見つめた蓮花は、可笑しそうに頬を持ち上げた。
「何を今更。わかったから貴方ここにいるのよ」
 あ。
 足元からぞくぞくきた。
「あとでね」
「蓮花さん」
「なに?」
 閉じかけた窓に手をかける。
「ご指名、ありがとうございます」
 数秒の間のあとに、彼女は俺の顎を撫でた。
「……可愛い子だったのに、成長するのね」
「また今夜」
「ええ」
 嬉しそうに俺を軽く突いて、蓮花は車をUターンさせた。
 去っていく紅色をしばらく目で追いかけたが、裏口に向かうことにした。

 静かだ。
 まだ、誰も来てないんだろうか。
 栗鷹夫妻も。
 休憩所を覗き、それからロッカーで身支度をしてから開店前のホールを歩くことにした。
 ウォールフラワーをなぞるようにソファの間を練り歩く。
 一ヶ月後にはきっと足りなくなってるんじゃないか、数。
 背もたれに指を這わせて。
 自分のポジションに腰かけた。
 昨日、蓮花と麻那と話した場所。
 付けてきた仮面を撫でながら、宙を見る。
 美しい人だった。
 類沢に相応しい、魅力ある人。
 あの人を育てたんだもんな。
 伸ばした足を組む。
 孤独と共に、類沢を探し続けた。
ー一日だけ待ってくれる?ー
 そう、寂しく笑って。
 俺にグラスを渡すとき、薬を仕込んだ。
 でも、きっと少量。
 昨晩俺が後を追わないよう。
 それだけのために。
 きっと。
 何か、特別な日だったから。
「すげえ……」
 なんだろう。
 女って凄いな。
 河南といい、蓮花といい。
 あの人は、何人の女性を相手して、どんな人達に出逢ってきたんだろう。
 その人たちの人生を聞き、優しく言葉を投げ返してきたんだろうか。
 今までは気にもしなかったことが過る。
 ああほら。
 無限だ。
 いくらでも話すことはある。
 首筋を軽く爪で掻く。
 溜め息を吐いて、休憩所で休もうとしたときだ。
 ガチャン。
 玄関が開いた。
 夕暮れの色が差し込む。
 チーフ、じゃない。
 黒い羽根の仮面を付けた長身の男が入ってくる。
「よ、ようこそ」
「あはは、なにその挨拶」
 聞き慣れた声が俺を笑った。
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