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あの店に彼がいるそうです
第15章 あの店に彼がいるそうです

 部屋に戻ると、類沢はぼんやりと絵画を鑑賞していた。
 髪型は変わっても、醸し出す空気は家で見たときからさほど変わらない。
 余裕と憂鬱と、あとなんだろう。
「ロゼでいいですよね」
「なんでも」
 床に膝をついて酒を作る。
 ロックアイスに漬けたボトルを慎重に傾ける。
「上手くなったね」
「上手くなったでしょう」
「蓮花さん以外にも客がついたって?」
「何人もですよ。俺、トップファイブに入ったんですから」
 顔を見ずに会話を続ける。
 波紋が液面を漂っているうちに隣に腰かけた。
 お互い、グラスには手を伸ばさない。
 咥内で言葉を紡ぐような間。
 俺は絶対に口を開くつもりはなかった。
 本人から説明してもらわなければ気が済まない。
 俺から尋ねるなんて無粋すぎる。
 膝に拳を押し付けて、沈黙に耐える。
 類沢は、考えるように口元に手を当ててから、重い空気を吐き出した。
「岸本忍の件は雛谷から聞いた。古城拓の怪我のことも。随分と色々な人間が動いてくれたんだってね」
 あんたは何してた。
 そのとき。
「あの日僕は、瑞希のことを、歌舞伎町を置いて逃げ出した」
 ぽつりと放った零度の言葉。
 俺は乾いた唇を舐めることすらままならない。
「うん。それしか言いようがないよね。秋倉と雅樹のとこを出たときは、すぐに瑞希を探すつもりだったはずなのに、誰にも言わずに麻耶姉さんと共に東京を出たんだ」
 俺の知らない話が始まる。
 ごぐりと喉を傷つけながら生唾を飲み下す。
「それほど、僕にとっては大切な人だった」
 聞きたくないけど、聞かなければ納得できない。
「昨日は、どうしてたんですか」
「昨日はね、誕生日だったんだ。彼女の四十の」
 そこで類沢の声が上擦っているのに気付いた。
 堰を切って溢れてしまいそうな激動を抑えこむように冷静を装って。
「……麻耶さんは」
「すぐに帰ってくるつもりだった。長野に移って、彼女の副業の雑貨店で仮に働いていた時も、常にシエラのことを思い出していた。瑞希の行方も知りたかった。連絡は簡単だったのに、それは出来なかったけどね」
「どうして」
 噛みつくように飛び出した言葉に自分で驚く。
 


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