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あの店に彼がいるそうです
第1章 噂を確かめて
「君が御指名してくれたのかな」
 ヒョウ柄のスーツ男がやって来てそう言った。
 頭一つ分は違いそうな背の高さ。
 鮮やかなネクタイ。
 フレグランスの香り。
 少なからず俺は緊張した。
 首筋を流れる黒髪が、薄くグロスの塗られた唇が、藍の光を放つ瞳が、俺を威圧していたからだ。
 河南は既に目を奪われている。
「初めまして、シエラの雅です」
 なんて返せばいいのか。
 全ての視線が俺に注いでいる気がする。
 店のトップに大きな態度で出た俺を。
 類沢とやらは愉しげに口元を吊り上げている。
 どうしてこうなったか。
 理由は数時間前に遡る。

 一週間前に河南が歌舞伎町で言いかけたことがずっと気にかかっていた。
 そこで家に来た彼女を問いただす。
「だから、何でもないって」
「歌舞伎町に知り合いでもいるのか」
「いないって……もう」
 ベッドに腰掛けたままうなだれる。
 しかし、モヤモヤが消えない。
「じゃあ、歌舞伎町に通ってるってことにしとくからな。油断なんないな、河南は」
「ちょっと! そんなのあるわけ無いじゃん」
「だってわかんないだろ。理由言わないんだからさ、何思われたって仕方ねぇよ」
 河南は泣きそうになって膝を抱えた。
 なんだか悪いことをしている気がするが、ここで引き下がれない。
「言えって」
 長く沈黙した後、河南が口を開いた。
「正直に話すとね、もう一度会いたい人がいたの」
 俺はため息を吐いて促す。
「知ってる?」
「何が」
「あの歌舞伎町NO.1ホストの話!」
「歌舞伎町NO.1?」
「そう! もう、超絶恰好良かったんだよ……」
「行ったの?」
「ごめんなさい」
 河南の顔を見ていると、ふと悪戯心が湧いてくる。
 後になってみれば、この軽はずみな発言などしなければよかった。
「俺も、そこに案内してくんない?」
「え……瑞希を?」
「どんな男か見てみたいから」
 河南は俺が怒らなかったのが意外そうだった。
 ホスト相手に浮気など心配したりしないというのに。
 むしろ、騙されるから手を引けと心配するだろう。
 ホストは悪の代名詞。
 会いに行きたくはない。
 しかし、河南を一瞬でも夢中にさせた男なら、興味がある。
 そんな出来心だったんだ。

「席に案内致します」
 完璧な男を前に、早速俺は後悔し始めていた。
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