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あの店に彼がいるそうです
第1章 噂を確かめて
 ホスト。

 この言葉って変だ。
 言った瞬間、なんか悪いことをしたような恥ずかしさがある。
 綺麗な響きがまた妖艶すぎる。
 近付きがたく、惹かれる。
 変だ。
 しかし、河南が言うと癪に触る。
「ホストかっこいい」
 その辺の女が言っても、馬鹿だなって感じるしかないが、河南が言うと逆なでされた気分になる。
「ホストかっこいい。瑞希は」
 そう続く空気なのだ。

 ホスト。

 今、俺はホストの前にいる。
 それも歌舞伎町NO.1らしい。
「どうしました?」
「え」
「随分視線が止まってましたが、僕の顔になにかついてましたか?」
 寄りによって、類沢を見たまま物思いに耽っていたらしい。
 慌てて否定するが、すぐに何故こんなに慌てているのかわからなくなる。
 河南はマイペースにシャンパンを飲み続け、若いホストと話している。
 俺を放っとくなよ。
 そこで、河南の耳が赤いのに気づく。
 なるほど。
 目当ての類沢とは話すのが気後れするのか。
「類沢さ」
「雅です」
「雅さんは……どうしてホストになったんですか」
 鋭く訂正され、早口で尋ねる。
 数秒沈黙した類沢は、可笑しそうに首を振った。
 額を指で押さえて笑いを噛み殺す。
 俺はなにか奇妙なことでも言ってしまったのだろうか。
「くく……どうも、すみません。あまりに面白かったので」
「なにがですか」
 あ。
 知らぬ間に敬語になっている。
「貴方、そんなこと訊きにわざわざ僕のところにいらっしゃったんですか」
「それ以外に……思いつかなくて」
 彼はふっと真剣な顔で俺を見つめる。
「知りたいですか」
 頷こうとして止まる。
 パンドラの箱を開けるような寒気がしたのだ。
 それは、類沢の蒼く冷たい瞳のせいだったかもしれない。
 ともかく俺は硬直してしまった。
「……S券、か」
「はい?」
「いえ、失礼」
 また微笑んでから、彼はこういった。
「初来店記念に一本差し上げますよ」
 なんのことかと思っていると、河南と話している男に目配せする。
「ドンペリロゼ入ります」
 今の目配せに酒の種類まで含まれていたのだろうか。
「ホストクラブが……苦手みたいですね」
 類沢が足を組み直しながら言った。
 態度に現れていたのだろうか。
「苦手というより、未知でして」
「知ると面白いですよ」
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