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あの店に彼がいるそうです
第1章 噂を確かめて
 カシャン……

「あーあ」
 背後で類沢の間の抜けた声がした。
 冷たい。
 俺は激痛の走る腰をなんとか持ち上げようとして手をついた。
 ピチャン。
「……?」
 右手の下の絨毯に水溜まり。
 そして光る破片が沢山。
 俺は事態を少しずつ理解して青ざめる。
「マジかよ」
 目の前で盆を持ったホストが毒づく。
 その空の盆から想像できるのは一つ。
 そろりと辺りを見回すと、高級そうな瓶が数本砕けて散っている。
 店は静まり返り、次々と視線が俺を突き刺す。 
「怪我はない?」
 類沢が豪壮なハンカチを渡しながら、手を貸してくれた。
 濡れた服が気持ち悪いが、今は構っていられなかった。
 俺が言葉を選んでいると、客から声が上がった。
「ちょっと、あれ私が頼んだルイじゃないの? アノ子新入り?」
 ざわざわ。
 やばい。
 とりあえず焦る。
「なんか格好良くない? ヘルプつけようよ」
「えー……トロそうじゃん」
「かわいそう、あれ全部で百万はするよね。弁償かなぁ」
 俺は立ち尽くすしかなかった。
 ぶつかったホストは人を呼び、割れたボトルを処理させる。
 類沢の目を見ないようにしている。
 当の本人は、軽く首を振ってから店内の客に頭を下げた。
「お騒がせ致しました。皆様にはご迷惑のほんのお詫びにシャンパンを入れさせて頂きます。ごゆるりとお過ごし下さい」
 それだけで店の活気が元に戻る。
 俺はただ絶句していた。
 それから類沢に手を引かれて、席に戻ったかと思えば、河南に「彼氏をお借りします」と一言告げて、奥に連れて行かれた。

「はぁ……」
 関係者用の事務室に通される。
 溜め息を吐いた類沢は手だけで椅子に座るよう指示した。
 逆らうことも出来ないので、腰掛ける。
 だが、落ち着くことはない。
 一度に色々起こりすぎた。
「あの」
「ルイ――三十万が四本」
「はい?」
 暗号のような言葉に首を傾げる。
「君が今日割ったボトルだよ。百二十万の損失だ」
 なにも言えない。
 やはり弁償だろうか。
「払えるわけ?」
 背を向けたまま、彼は問い詰める。
 その怒った肩を見ているのは、逆に恐怖を呼び起こさせる。
「……できるわけないよね。君、学生だろ。貯金は?」
「えと、二十万くらいですかね」
「残り百万、どうするの」
 その声に容赦はない。
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