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あの店に彼がいるそうです
第1章 噂を確かめて
「河南、このまま話さない気か?」
 ドンペリロゼが入り、類沢が作っている隙に尋ねる。
 河南はうっすら赤い顔を横に振る。
「でもぉ……瑞希はイヤなんでしょ」
「なにが」
 彼女はグラスを置いて、俺をじっと見つめる。
「私がホストと話してるのを、イヤなんでしょ」
「どうぞ」
 割り込むように類沢が、光る液体に満ちたグラスを手渡す。
 河南は恐る恐るそれを受け取った。
「ありがとう」
 類沢は嬉しそうに唇を持ち上げた。
 綺麗な笑みだ。
 上品で妖しい。
 こんな笑い方、自分には出来ない。
「どうぞ」
 俺は彼の目から視線を外さずに、お酒をもらった。
「今日の出逢いに、乾杯」
 四人が同時にグラスを掲げた。

 酔いが回ってきて、河南はうつらうつらと揺れ始めた。
 弱いというのに、シャンパンとドンペリを飲めば潰れるのも当たり前だ。
 コテンと倒れた河南の肩を抱く。
「帰る?」
「んーん……帰んない」
 そう言って寝息を立て始めた。
「寝てんじゃん……」
「直ぐ閉店です。車、お出ししましょうか」
「まさか、そんな迷惑かけませんよ」
 俺は手を振って辞退する。

 少しフラついたので、河南を預けて手洗いに席を立った。
 何人ものホストとすれ違う。
 みんな、違う匂いがした。
 自分の手首を嗅ぐ。
 俺は、どんな匂いがしてるんだろう。
 手洗いは小さな洗面スペースと、個室が二つあるだけだった。
 目を擦りながら、個室の一つに入る。
 それから手を洗いに出てきたら、類沢が立っていた。
 シャンデリアの下以上に存在感を放っている長身。
 化粧を施した美しい顔。
 俺は会釈して立ち去ろうとした。
 その肩を掴まれ、引き戻される。
 個室の扉に押しつけられ、意味もわからず足がよろけた。
 腰を支えられ、不安定なまま扉に寄りかかる。
「あの……なんすか」
 類沢は俺を見下ろして微笑んだ。
 その笑みは、今日見た中で一番恐ろしく輝いた。
「気に入ったよ」
「はい?」

 ガタン。
 勢い良くトイレを飛び出し、河南の元に走った。
 早く出てしまおう。
 こんな店。
 唇を強く拭う。
 ヒリヒリした。
―手に入れたいくらい……―
 あいつは頭おかしいのか。
 キ、キスしやがった。
 俺は動転したまま走る。
「危ない!」
 声の前に、ぶつかった。
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