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やさしいんだね
第3章 教師は何も
 ソンのベッドに潜り込み、瞼を閉じると、小百合はわずか数秒で眠りに落ちた。
 そして、夢を見た。



 ―――アキラお兄ちゃんはいつまでボクを抱いてくれるかな。



 波の音が聞こえる。



 ―――最近そんなことばっか考えちゃうんだ。みて?ほら。ここ。むかしはこんなとこに毛なんて生えなかったのに。剃っても抜いても、ほら・・・。ね?わかるでしょ?ね・・・ボクも、わかってるんだ。


 オレンジ色の夕日が水面にきらきら反射してあたり一面が橙に染まっている。
 某大型テーマパークを2人で訪れた、あの夏の、あの夕刻のなかに、千夏と小百合はいた。



 ―――いつの間にか背も伸びて。声だってほら、いつの間にかこんな声になっちゃって。お客さんも減りつつあって。わからないわけないよ。感じるんだもん。



 それは夢でなく、小百合の記憶を再生していただけだったのかも知れない。



 ―――ボク、そろそろ男の子に戻らなきゃいけないって。



 小百合はあの日と同じように、きらきら輝く海を見つめる千夏の横顔に、なにも言えず、ただ、千夏の、人形みたいに整いすぎた美しい顔が夕日と同じ色に染まっていくのを見つめるしかなかった。



 ―――近いうちに小百合ともお別れだね。




 千夏はそう言って急に小百合に振り向くと、自分よりほんの少し背の低い小百合を抱きしめ、そしてキスをした。
 周りの人々はみな、珍しいような驚いたような顔をして2人に視線を送っていた。
 千夏には周りなど見えていなかったが、小百合は逆に、周りしか見えていなかった。
 だから、こうして今、千夏があのときどんな表情をしていたのか、記憶にないから、景色や周りの人々の好奇の眼差しはしっかりと情景に浮かんでいるのに。



 ―――今までありがとう。それから。それから・・・。




 風の匂いまで覚えているのに。なのに。




 ―――ボクがいなくなっちゃっても、泣かないでね。ボクは幸せなまま、美しいままで終わりたいだけなんだ。




 千夏の表情だけ、どうしても。



 ―――アキラお兄ちゃんに愛されたまま、アキラお兄ちゃんがボクしか見てないまま、アキラお兄ちゃんが美しいと思ってくれるボクのままで・・・アキラお兄ちゃんの手で、ボクは・・・。



 どうしても、情景のなかに浮かばないのだ。




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