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泡のように
第5章 4.
 最寄り駅を降りてからウチまで徒歩15分。
 棟の階段から漏れる明かりが夜道を照らしている。
 12棟の自転車置き場にお兄ちゃんの背中を見つけたとき、先生に散々使われた身体の中央がきゅうと締まって痛みが走った。

「はったせーんせ!」

 私に気付く様子のないお兄ちゃんにわざとそうやって呼びかけると、案の定お兄ちゃんは派手に飛び上がった。ゲラゲラ笑う私にお兄ちゃんはよろめきながら「なぁんだ、ち、智恵子か」と呟き、原付に手をついてハァハァ息を整えていた。

「お兄ちゃんおかえり。髪、すっきりしたね」

 昨日までモップ犬みたいなだらしない髪型だったのに散髪してきたのか、お兄ちゃんは見違えるほどすっきりした頭になっていた。ただし、すっきりした、という点以外どこにも褒めるべき点が見当たらない坊主に近い髪型ではあるが。

「あぁ、う、うん、短くしすぎた。ちょっと寒い」

 そう言って鼻をすするお兄ちゃんに思わず笑みが漏れる。昔から床屋嫌いを貫くお兄ちゃんの髪型は坊主に近い短髪か伸び放題ロン毛のどちらかしかない。バリカンを購入するという発想は彼にはないのだろうか?考えていると昔の甘い気持ちが蘇ってくる。

「ち、智恵子も今、帰り?」

 しかし鳶色は最近ろくに目を合わせてくれない。

「うん。ちょっと遊んでた」

 お兄ちゃんはまた鼻をすすった。
 凛々しい眉のすぐ下にある彫りの深い目元は、ずっと地面に向いている。
 ダッフルコートに染み付いた煙草の匂いは、煙草を吸わないお兄ちゃんの鼻まで届いただろうか。
 歩き始めた肩を見上げると、お兄ちゃんの横顔は秋芳先生とほとんど同じ位置にあることに気付く。

「あの、あんまり遅いと、さ。母さんが、心配するよ」
「うん」

 それ以上お兄ちゃんは、何も言わない。
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