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鈴(REI)~その先にあるものは~
第6章 終章~悠遠~
終章
~悠遠(ゆうえん)~
七月の森は、相変わらず鬱蒼と緑の葉を茂らせた樹々が林立していた。そのせいで、昼間とてなお、森の奥深くは薄暗い。
木檜藩の城下町を抜けた先には、深い森が横たわっている。その森を抜けた先には小さな村があるが、森を抜けるには大の大人でも徒歩(かち)であれば、ゆうに丸一日近くかかった。
その森の奥には、春になると、愛らしい実をつける野苺の茂みがある。その野苺の樹の前に、小さな丸い石がひっそりと安置され、傍らにはまだ真新しい白木の卒塔婆が建てられていた。
〝定観院香泉妙代大姉〟と、白木の卒塔婆には墨跡も黒々と記されている。本当にささやかなもので、よくよく注意してみなければ、その小さな石が墓であるとは到底信じがたい。大抵の人は路傍の石と思い込んで、通り過ぎてしまうだろう。
普段はひっそりと静まり返っているけれど、春には墓の周囲の野苺の樹が紅いつぶらな実をたわわに実らせ、春らしい彩りに囲まれ、賑やかになる。わずか十八歳の若さでひっそりと逝ったお香代が永遠(とわ)の眠りにつくにはふさわしい場所かもしれなかった。
その小さな墓石の前に、二人の若夫婦が佇み、合掌していた。夫婦は良人の方が二十歳過ぎくらい、妻は十八ほどである。二人共に旅装束に身を包み、これから長い旅に出ようとしていることが判った。
「お香代ちゃん、どうか安らかに眠ってね」
若い妻がその場にしゃがみ込み、そっと手を伸ばして墓石に触れる。墓の前には二人が供えたばかりの百合の花束が置かれ、線香が細い煙をたなびかせていた。
背後に佇む良人が妻の肩に手のひらを乗せる。
「本当に良いのですか?」
美しい妻が眼を閉じて合掌したまま言う。
~悠遠(ゆうえん)~
七月の森は、相変わらず鬱蒼と緑の葉を茂らせた樹々が林立していた。そのせいで、昼間とてなお、森の奥深くは薄暗い。
木檜藩の城下町を抜けた先には、深い森が横たわっている。その森を抜けた先には小さな村があるが、森を抜けるには大の大人でも徒歩(かち)であれば、ゆうに丸一日近くかかった。
その森の奥には、春になると、愛らしい実をつける野苺の茂みがある。その野苺の樹の前に、小さな丸い石がひっそりと安置され、傍らにはまだ真新しい白木の卒塔婆が建てられていた。
〝定観院香泉妙代大姉〟と、白木の卒塔婆には墨跡も黒々と記されている。本当にささやかなもので、よくよく注意してみなければ、その小さな石が墓であるとは到底信じがたい。大抵の人は路傍の石と思い込んで、通り過ぎてしまうだろう。
普段はひっそりと静まり返っているけれど、春には墓の周囲の野苺の樹が紅いつぶらな実をたわわに実らせ、春らしい彩りに囲まれ、賑やかになる。わずか十八歳の若さでひっそりと逝ったお香代が永遠(とわ)の眠りにつくにはふさわしい場所かもしれなかった。
その小さな墓石の前に、二人の若夫婦が佇み、合掌していた。夫婦は良人の方が二十歳過ぎくらい、妻は十八ほどである。二人共に旅装束に身を包み、これから長い旅に出ようとしていることが判った。
「お香代ちゃん、どうか安らかに眠ってね」
若い妻がその場にしゃがみ込み、そっと手を伸ばして墓石に触れる。墓の前には二人が供えたばかりの百合の花束が置かれ、線香が細い煙をたなびかせていた。
背後に佇む良人が妻の肩に手のひらを乗せる。
「本当に良いのですか?」
美しい妻が眼を閉じて合掌したまま言う。