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鈴(REI)~その先にあるものは~
第6章 終章~悠遠~
良人が屈託ない笑みを見せた。
「何度申したら、判るんだ? 私はもう決めたのだ。そなたの腹の子は、紛れもない私の子、私とそなたの子どもだ」
「―」
妻は何も言わず、立ち上がる。
そう、この二人こそが木檜城から姿を消した藩主木檜嘉利の側室藤乃の方ことお亀と、柳井道場の前道場主柳井小五郎であった。
十日ほど前の夜、木檜城に再度忍び込んだ小五郎の手引きで今度こそお亀は城を逃れた。
あの時、嘉利はお香代の幻影に悩まされ、精神的な恐慌状態に陥っていた。お亀は最後まで、頭を抱えて苦しむ嘉利の身を案じながら城を出たのだ。
あれから嘉利がどうなったのか、共に逃げた小五郎には訊ねなかったが、ずっと気になっていた。辛くも城を無事脱出した二人は、とりあえず城下の小五郎の知人宅に匿われた。その屋敷は小五郎の兄相田久磨の妻寿恵の妹の嫁ぎ先であり、寿恵の妹光恵は既にお産で亡くなっていたが、良人永居源一郎は健在、快く二人の身柄を引き受けてくれた。
実は、この永居の許に小五郎は道場を閉めて逐電してからというもの、ずっと世話になっていたのである。永居もまた軽輩ではあるが、木檜藩士の身であった。永居と小五郎は少年時代からの無二の親友でもある。二人して柳井道場の門弟として切磋琢磨して剣の腕を磨いた間柄であった。
小五郎は城を出た後もそのことについては一切触れようとはしなかったけれど、数日後、永居源一郎を通じて、後の木檜城内のなりゆきについての情報が伝えられた。
二人が城を出奔した夜、藩主嘉利は狂乱状態に陥った。その後も、そのような発作を繰り返し、虚空をにらみつけては〝鬼がいる、鬼が余を殺しに参る〟と口走って怯えていたという。
「何度申したら、判るんだ? 私はもう決めたのだ。そなたの腹の子は、紛れもない私の子、私とそなたの子どもだ」
「―」
妻は何も言わず、立ち上がる。
そう、この二人こそが木檜城から姿を消した藩主木檜嘉利の側室藤乃の方ことお亀と、柳井道場の前道場主柳井小五郎であった。
十日ほど前の夜、木檜城に再度忍び込んだ小五郎の手引きで今度こそお亀は城を逃れた。
あの時、嘉利はお香代の幻影に悩まされ、精神的な恐慌状態に陥っていた。お亀は最後まで、頭を抱えて苦しむ嘉利の身を案じながら城を出たのだ。
あれから嘉利がどうなったのか、共に逃げた小五郎には訊ねなかったが、ずっと気になっていた。辛くも城を無事脱出した二人は、とりあえず城下の小五郎の知人宅に匿われた。その屋敷は小五郎の兄相田久磨の妻寿恵の妹の嫁ぎ先であり、寿恵の妹光恵は既にお産で亡くなっていたが、良人永居源一郎は健在、快く二人の身柄を引き受けてくれた。
実は、この永居の許に小五郎は道場を閉めて逐電してからというもの、ずっと世話になっていたのである。永居もまた軽輩ではあるが、木檜藩士の身であった。永居と小五郎は少年時代からの無二の親友でもある。二人して柳井道場の門弟として切磋琢磨して剣の腕を磨いた間柄であった。
小五郎は城を出た後もそのことについては一切触れようとはしなかったけれど、数日後、永居源一郎を通じて、後の木檜城内のなりゆきについての情報が伝えられた。
二人が城を出奔した夜、藩主嘉利は狂乱状態に陥った。その後も、そのような発作を繰り返し、虚空をにらみつけては〝鬼がいる、鬼が余を殺しに参る〟と口走って怯えていたという。