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第9章 桜
〜山崎side〜

なんとなく屯所にまっすぐに帰る気にはなれなくて、夜の町を行く当てもなく歩いていた。

もうこの際、遊郭に行ってみようかとも思ったけれど、余計虚しくなりそうだからやめた。

時々溜息をつきながら、ボンヤリと歩く。
ふと、見知った路地に出たことに気付いた。
(ここは確か…)

以前の記憶が脳裏に蘇る。

それは以前にも副長に頼まれてさくらさんを四季まで送り届けた時のことだった。

「山崎さん、送ってくださったお礼に、私の秘密の場所を教えてあげます」

「凄く素敵なんですよ!」

記憶の中で、さくらさんは楽しげににっこりと微笑んでこちらを見ている。

「秘密の場所…」

さくらさんの後についてしばらく歩くと、広い草原に出た。
そこにそびえ立つ、大きな桜の木。

「桜か…」

「まだ少ししか咲いてませんね。満開になると、凄く綺麗なんですよ!」

僅かに咲いた桜の木を背に、さくらさんは一生懸命に言ってくれる。

「今も充分綺麗だ。」

自分で言って、思わずハッとなった。うっかりさくらさんに対して綺麗だと言ってしまった。 桜の花を背にしたさくらさんは、本当に綺麗だったから…
でもさくらさんは、桜の花に対して綺麗だと言ったと解釈したらしく、誇らしげに桜の木を見上げて微笑んだ。


ーーー…

山崎が足を踏み入れた路地はあの時の桜の木に続く道だった。
ジャリっと音をたて、足を踏み出す。
静かな路地を進んでゆく。
暫くすると、ふっと視界が開け、桜の木が見えた。
あの時はまだ咲き始めだったが、今は満開を通り過ぎ、夜風に乗って桜の花びらが花吹雪になって舞っている。

「…。」

桜の木の下まで進む。
花びらが落ちて一面桜色に染まっていた。

「…っ」

桜の木を見上げていると、ふいに視界が滲んだ。
さくらさんとは、もうここには来れないだろう。
それどころか、普段ももうあの人懐こい笑顔で話しかけてきてはくれないかもしれない。

ただ時々、側にいるだけでよかったのに…。
俺は、触れてはいけないものに触れてしまった。
あの2人の愛し合う姿を見て、手に入れたいと望んでしまった。



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