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第66章 Marry　Me①

　稲川は演奏中、"可愛い子がいるな"と思っていた。
　ステージからは意外と客の様子が見える。
　ライブの後、メンバー達と、後ろに居た子が好みだったとか、冗談混じりで言い合う事はよくあった。
　細面で大人っぽいが、何歳だろう？と思った。
　客たちが一様に熱狂して拳を振り上げたり叫んだりしている中、彼女だけがずっと固い表情で棒立ちなので、体調が悪いのではないかと心配になった。
　稲川はあぐりから目が離せなくなった。
　何とかして笑わせたい。熱狂させたい。
　バラードの時にあぐりにアカンベをされて、戸惑いながら無理矢理真似をしてみたら、パアッと弾けるような微笑みが広がる。
　同時に泣きそうにも見えてドキリとした。

　――あの子は、誰なんだろう。名前は、何というのだろうか。
　今、誰かに恋しているのだろうか？――

　ライブが終わるまで、いや終わってからもずっと考えていた。
　長い間、色恋から遠ざかっていたはずの稲川は、一瞬で恋に堕とされた。
　もう二度とそんな気持ちになる事はないと思っていたのにーー