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Black velvet
第7章 細く光る、鎖。
_ _ epilogue
戸締りをして 目をやると
どこからか花の香りが漂う
春の風のなか、
カズが しゃがみこんで 話しかけている。
「ベル、行ってきます。 あしたは遊ぼうね」
ほんのすこし顔をそらし尻尾を振る飼い犬は、
自分より後から来た 俺の恋人を
〈同格よりは上〉とみなすことにしたらしい。
・
奨学金で学費をまかなって
大学へ 復学すればいいと
考えていたカズだが(ふたりでの生活では
俺の庇護に 文句を言うことはなくなった)
休学前に 参加した自主制作短編が
学園祭で公開された際
監督をしている卒業生の目にとまっていて
カズの休学の理由を問うと共に
春の舞台に起用したいとのオファーが届いた。
家に訪ねて来た彼の 熱意も誠意も感じたし
実地で勉強していきたい、と退学してきた日の
さっぱりしたカズの顔を見て
俺は なにも意見しなかった。
・
・
助手席のカズは、演技に必要なピアノのため
膝の上で指を動かしているが
役に入り込む様子はなく
いつもどおりの口調で
「あのトレモロがなぁ…」などと
ひとりごとを言う。
「あたためてやろうか」
信号待ちの隙に その手を取り
唇をつけて、軽く音を立てた。
「そのくらいじゃ、たりない」
公演中は 激しい行為を控えているせいで、
流れてくる視線にさえ 燻るが
明日は休演。
今夜は、俺の背中に爪を立てることすら
出来なくなるまで 抱いてやろう。
・
再び走り出す 車の中で
細い鎖を確かめるように、
組んだ脚へ身を屈める姿は
飼い犬らしからぬ風情で
…高貴な猫のように しなやかに
ほのかな甘い香りを 撒いた。
戸締りをして 目をやると
どこからか花の香りが漂う
春の風のなか、
カズが しゃがみこんで 話しかけている。
「ベル、行ってきます。 あしたは遊ぼうね」
ほんのすこし顔をそらし尻尾を振る飼い犬は、
自分より後から来た 俺の恋人を
〈同格よりは上〉とみなすことにしたらしい。
・
奨学金で学費をまかなって
大学へ 復学すればいいと
考えていたカズだが(ふたりでの生活では
俺の庇護に 文句を言うことはなくなった)
休学前に 参加した自主制作短編が
学園祭で公開された際
監督をしている卒業生の目にとまっていて
カズの休学の理由を問うと共に
春の舞台に起用したいとのオファーが届いた。
家に訪ねて来た彼の 熱意も誠意も感じたし
実地で勉強していきたい、と退学してきた日の
さっぱりしたカズの顔を見て
俺は なにも意見しなかった。
・
・
助手席のカズは、演技に必要なピアノのため
膝の上で指を動かしているが
役に入り込む様子はなく
いつもどおりの口調で
「あのトレモロがなぁ…」などと
ひとりごとを言う。
「あたためてやろうか」
信号待ちの隙に その手を取り
唇をつけて、軽く音を立てた。
「そのくらいじゃ、たりない」
公演中は 激しい行為を控えているせいで、
流れてくる視線にさえ 燻るが
明日は休演。
今夜は、俺の背中に爪を立てることすら
出来なくなるまで 抱いてやろう。
・
再び走り出す 車の中で
細い鎖を確かめるように、
組んだ脚へ身を屈める姿は
飼い犬らしからぬ風情で
…高貴な猫のように しなやかに
ほのかな甘い香りを 撒いた。