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作品集
第15章 平成28年7月
素晴らしいと思いました。

◆作家 松本清張氏
「手に職を」

私の母は明治18年の生まれで、広島の田舎育ち
、小学校にも行かず、読み書きができなかった。
父やわたしが新聞や本に読みふけるのをたいへん羨ましがっていた。
そのかわり底辺の生活で得た知恵があった。
母がわたしに言い聞かせた言葉に、「手に職をつけよ」があった。
手に職さえあれば、たとえ貧乏でも一生食い外れはないということである。
まこと素朴な「教訓」だが、教育を受けていない者には世の荒波に処す鉄則だったのだ。
この母の「教訓」はわたしの越し方に生きている。
二十をすぎて印刷屋の職人見習いになった。
そこから得た「特技」によって、朝日新聞にも入れた。学歴のない者が事務屋になっていたら、今はどんなことになっていたかわからない。「手に職を」には、現代のいろいろな意味がある。なにも技術だけとはかぎらない。他の人がもたない特徴、ある分野で他より秀でた特徴、そのための努力という風にわたしは解釈している。
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