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孤城の中のお姫様
第2章 山川静香(やまかわしずか)〜都内有名私立大文学部4年年〜
「待って!相沢っ!…せめて、せめて…おやすみのキスをして。」

「困ったなぁ。おやすみのキスなんて…。んん…じゃあ…。」

相沢圭司は、私がヘアクリップで髪を上げていた、その額にキスをしてくれた。

「ありがとう。でもそこじゃなく、きちんとしたキス…唇にキスをして。もちろん私たちだけの秘密よ。」

相沢圭司は私を受け止め、肩を抱きながらも、しばらく黙って上を向いていた。

「じゃあ秘密ですよ。チュッ…。」

相沢圭司はほんの一瞬、唇を重ね合わせてくれたが、それは、本当にほんの一瞬だった。

私の唇には甘い香が、焼き付いた。その直後に僅かながら、身体のほてりを感じた。

相沢圭司は、私の肩から手を離すと、一歩下がった。

「それでは、本当にこれでおやすみなさい。あぁ、ここと、階段と廊下は電気を消さなくて構いませんからね。暗くて怖いでしょう?それから仏間も含めて、1階のすべての部屋は襖を閉めておきましたから。」

相沢圭司は挨拶を終えると、さっと身を翻し、私に付け入る余地を与えずに俊敏に動いて、食堂の戸を閉め、玄関に去って行った。玄関から小さなアラーム音が聞こえ、それが消えると警備がかけられた。それから、玄関の戸がロックされる音がして、足音が消えていった。

私は一人、広い食堂に残された。

そして、妙に耳に残る、古い時計の秒を刻む音だけが響いていた。
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