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シミュレーション仮説 (旧作)
第10章 コンピューターの画面を覗きながら、男が頭を抱えている。
 コンピューターの画面を覗きながら、男が頭を抱えている。
 信二と同じくらいの年齢の男だ。

 彼は心理学者だった。

 幼い頃に覚えた疑問を持ち越したまま大人になり、それを解決するために心理学の道へ進んだ。

 男は、シミュレーター世界に生きる、一人の男を選んで、ある意識を植え付けた。

 それは「この世界は作られた世界である」という意識。

 心理学者になった男が、少年の頃からずっと持ち続けていた疑問だった。
 それをシミュレーター内に生きるものに、その意識を与えたらどうなるか、という実験をしてみた。

 選ばれたのは、一人の売れない役者。
 役者であれば、感受性が豊かで、新たに植えつけられた意識を自覚しやすいだろうし、申し訳ないが、売れない役者の彼が、もしこの実験で何かの異常をきたしても社会に影響はないだろう、と思ったからだ。

 結果、選ばれた男は暴走した。
 世界が作られたものだ、という刷り込みは成功したものの、何故か、自分は選ばれた人間だ、と思うようになった。

 そして、愚かしくも恐ろしくも、犯罪に手を染めた。
 
 それが、この実験の結果だった。

 作られた世界である、という意識は、道徳観念をあっさり崩壊させた。
 
 
 心理学者は、もう一度頭を抱える。

 少年らしい純粋な心を、大人になって身に付けた常識やマナーやモラルの中に押し隠して生活するのは苦しかった。

 少年の純粋さは、大人にとって、残酷に見えることもある。

 人は死んだらどうなる? 
 苦しい時、痛い時、どんな反応をする? 例えば火に焼かれる時は?
 もし、この世界が作られたものだったら?

 心理学者は、その危険な純粋さを失わずに持ち続けていた。

 それがあまりに苦しかったので、ひとつのサンプルパターンとして、シミュレーター内の男を使って実験をしてみた。
 
 結果は暗澹としたものだった。

 心理学者はその結果に絶望した。
 自分の心の中にある、危険な純粋が、もう抑えきれなくなりそうだ。

 欲望のままに、少年の純粋な疑問を解き明かすために、行動出来たら…

 彼は、自分が正気と狂気のボーダーライン上に立っていることを十分に自覚している。
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