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欲望お伽噺
第1章 不思議の国の迷い子
「ウフフ、ほら、蝶々!水タバコを吸っていたあの毛虫がかえったのね…。どこから来たの?どこに行くの?」

夜の病院は静まり返っている。時折だれかの奇声や巡回医師の足音もするが、夜はそれでも静かなものだ。

オレンジ色の粉を散らして仄かに輝く蝶の羽。
アリス以外誰にも見えない蝶々は、アリスを暗い廊下の奥へと導いていく。

「みんなみんなみんな!あの日のことを嘘と妄想だって言うの!こうやって!目の前にいるのに!!」

アリスの不安なほど白く長く細い脚が不気味に躍動し、美しいウェーブのブロンドが狂ったように上下している。豊かな胸、小さく整った美しい顔、長い手足と柔らかなくびれ。彼女が美しければ美しいほど、彼女の狂気が浮き彫りになる。

「あははははは!もう夢はいいの!連れていって!あなた達の世界に!私を連れていって!!!」

アリスが甲高く狂喜の笑いを響かせた。
その直後、突如足元にぽっかりと開いたウサギ穴。彼女の身体は5年前のあの日のように深い深い暗闇に落ちていった。5年前と違うのは彼女がそれを望んでいたということだけ。

アリスが穴から見えなくなり、ウサギ穴は幻のように滲んで消えた。
もう誰もアリスを傷つけることも愛することもできない。元よりそんなことをしたい人間も、彼女の回りにはいないのだが…

─────────────────────────

長い長い縦穴を堕ち、地上に舞い降りたアリス。
着いたのは小さな広間で、見れば広間の奥に重苦しい木製の扉がついている。

「…わたし、またあの扉の前に来たんだわ。うふふ、ほら!嘘じゃなかった!うふふふふふ!あははははは!」

アリスは朗らかに笑ってくるくると回り、突然気を失って倒れてしまった。
室内には蝶の撒き散らす鱗粉が舞っている。

──カチャッ

重々しいドアが開き、質量を持った暗闇がドアの向こうに満ちている。
蝶々が舞い降りアリスの身体に優しくとまった。

すると羽ばたきにあ合わせてアリスが浮き上がり、ふわふわとドアの向こうに飛んでいく。
二人が通りすぎるとドアは閉まって茨の蔦に埋もれてしまった。

ここは不思議の国。老いず、死なず、地上の理は通用しない。
過去と未来と心を捨てたものでなければ入ることの出来ない世界。

誰もアリスの運命を知ることは出来ないのだ──
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