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曖昧なままに
第13章 忌むべき過去(愛美の独白)
 お父さんは、私がまだ三歳の時に死んだ。仕事中に急に倒れ、搬送された病院でその日の内に息を引き取ったらしい。

 お父さんとの思い出は、私にはなかった。薄らと浮かぶ顔を、時々写真と照らし合わせた。丸顔で良く笑う人。そんな印象も、専らお母さんの話により補完された。

 お母さんは、私を一生懸命育ててくれた。幼い頃の私にとって、若くて綺麗な自慢のお母さん。だけど何時からだったろう。お母さんが、とてもやつれて見えたのは……。

 私が負担なのかな。そんな風に考え始めたのは、小学生の高学年の頃。

 私は何処か、覚めた子供だった。何となく周りのクラスメイトが子供に思えて。友達も何人かいたけれど、後になって考えれば見せかけだったのかもしれない。たぶん周囲から浮いてしまう自分を、群れの中に隠しておきたくて……。

 人見知りで大人しく、けれど頑なで負けず嫌い。何時でも俯瞰したように、取り巻く環境を見つめていた。そんな私が、周囲との軋轢を生んだのは、自然なことなのだろう。

 それが顕著になったのは、中学生の頃。クラスメイトの中に紛れる術を、ついに私は失ってしまう。きっかけは忘れてしまうくらい、ほんの些細なこと。

 私はクラスの女子たちから、いじめを受けるようになった。

 最初は深く悩むこともなかったと思う。変に周りに合わせる必要もなく、一人は気楽なのだと感じた。いじめた子たちを、心の中で蔑む。そうすれば、大抵のことは平気だから。

 でもある日、教室の中でこんな会話が耳に届く。

「ねえ、知ってる。遠藤さんのお母さん――ホステスだってさ」

「ホステスって?」

「良く知らないけど、オバサンのキャバ嬢みたいなやつ」

「うわあ……何か、ヤラシイ」

 キャハハ! その子たちは、私の方を見て一斉に笑う。

 その時、席を立った私は――その中で中心的な子の頬を、平手で打った。ほとんど無意識だったと思う。だけど、許せなかった。お母さんは昼の仕事もしていて、その上で……。

 それを期にして、いじめは陰湿さのレベルを上げていった。

 上履きを隠されるとか、机に落書きされるとか、そんなのは日常茶飯事。水泳の授業で水着に着替えようとすると、胸の辺りがパックリと切り取られていたり。それだって、まだ可愛い方だった。

 そんな頃の夏休み。それが明けた日。私は自分の部屋を、出なかった。
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