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記憶にない初恋、その追憶
第5章 結
彼がいなくなってから、私は何日も学校を休み、大きな病院をつれ回された。
私に伝染したあの人の心の病を治すのだと、誰かが言った。
よけいなことをしてくれるな。
私がそうではないと泣き叫ぶほど、薬の量だけが増え、短い時間に濃密に書き込まれていた楽譜の音符が薄れていく。
そして、大切な初恋の記憶は誰かに忘れさせられてしまった。
もう彼の容姿も声も、長い指も思い出すことはない。
私のなかに確かに存在していた淫らになるほどに妖しく微笑む大人の女も、その時、美しいあの旋律のように消えてしまったのだった。
(了)