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外れない首輪
第7章 今夜すべてのバーで
「あれ?井上さんこのお店来てたの?びっくりしたなぁ。」
と無邪気な様子で笑う広瀬さんを見て、内心はドキドキしながら、化粧室から戻ってきたようなふりをして隣に座る。
「さっき友達と別れたんですけど、少しだけ飲み足りなくて…」
「僕もね、一人で飲んでたからちょっと退屈してたんだ。」
バーテンダーの方も慣れたもので、
「お待たせしました」
としれっとした顔でカクテルを出してくれる。
…よかった、気付かれてないみたい。と安堵したのは一瞬だけだった。
「じゃ、乾杯しよっか?さっきの綺麗なきみに。ね?ミツバチさん?」
「え…?」
バレてたんだ…。ぞわっと肌が泡立つような感覚がして、目が眩む。
「どうしてだろうね?すぐに判った。というのは嘘で、これ。」
と、ピアスを指さす。確かに、これは自分で作ったピアスだから、他の人がしていることはない。
「それにね、口紅。さっきのままだよ」
「あ…。すみません。会社には…」
「もちろん言わないよ。でも、次からは行かないでね。」
「…わかりました」
内心、ホッとする。けど、さっきのアンナ姐の言葉がよぎった。
(蝋を垂らしたのはあの人だよ)
ってことは、ええと、やっぱりそういう類の人なわけで、自分の嗅覚は間違ってなかったんだなともしみじみ思ってしまう。
「さっきの君はすごく綺麗だったよ。」手を握られる
「あ…ありがとうございます」
話?してもいい?と手を握ったまま囁くように話す。
恥ずかしいと思った時に浮かべる表情、仕草がたまらなく好きな事。
奥様に試そうとしたら拒絶されてしまったので、誰にも試したことが無いこと。
だから、ね?と言いながら顎を摘まれる。
「きみが僕の初めての飼い犬になるんだよ?」
ああ、あの冷たくて熱い目に引き込まれて、息が詰まってうまく話せない。きっと目も潤んで犬みたいな目になってる。
きっと今夜すべてのバーで恋人たちが愛を囁きあったり、一歩進む夜になったり、プロポーズだのしてるのだろう。傍から見たら、私たちもそう見えるかもしれない。
そんな甘い囁きではないけど、私達にはこれで十分に思えた。
「はい…御主人様」
私の首に、彼と私にしか見えない首輪がカチリと嵌った気がした。
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