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ネムリヒメ.
第26章 夜明け.
──千隼…
アタシを呼んだ声に、積もっていた羽がフワリと舞い上がった
頬に触れたまだ僅かに湿った黒髪
密着したカラダから香るほろ苦いタバコが混じった深いムスクが鼻を掠めて、胸のなかの、止まっていた振り子がひとつ弾かれる
存在を確かめるよう腕に閉じ込めたままそう囁く甘く掠れた声が懐かしい
背中から伝わってくる激しくも切ない鼓動も体温もすべてが懐かしい
…───渚くん…
「………っ」
振り向き様、振り絞ろうとした声が唇に触れた柔らかな感触のむこう側に消えていった
そっと重ねただけの口づけ…
一瞬にして永遠のように与えられた温もりに、弾かれた振り子の振れ幅は一気に大きくなる
それと同時に保っていたものが一気にかっさらわれていくのがわかった
平気だなんてさっきはよく言ったものだと我ながら、今さらながらにそう思った
…全然大丈夫なんかじゃないじゃないか……
痛いくらいにアタシを抱き締める彼の腕のなかで、踏み出すことを拒絶した自分の悲鳴がようやく聞こえ始める
だけどそれ以上に…
言葉なく息をするのも切なげにアタシを腕に閉じ込めたままの彼の悲鳴がカラダを貫いていた
だから…
「お帰り…」
言葉はそれだけでいい…
わかってるから、それだけでいいよ
頬を撫でた少し冷たい指先に施され、全身をその温もりに預けた
「……お帰り、千隼…」
「ん…」
…そこはアタシが望んだ帰りたかった場所だった