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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~
第2章 RoundⅠ(喪失)♠
♠Round.Ⅰ(喪失)♠
ゆっくりとまたたきを繰り返している間に、ぼんやりとした視界が徐々にクリアーになってゆく。紗英(さえ)子の瞳は、漸く周囲の光景をはっきりと映すことができるようになったらしい。しかし、直にその視界はまたもや曇り、すべてのものがぼやけて見えた。
紗江子は滲んできた涙を堪え、泣いているのが判らないように顔を枕に押しつけた。
「気がついたのか?」
ふいに耳許で声が聞こえ、男が自分を覗き込んでいるのが判った。見慣れた顔は、夫の直輝(なおき)だった。
「良かった、気がついたんだな」
別に、そんなに大騒ぎするほどのこともないじゃないの。
紗英子はどこか冷めた眼で夫を眺めていた。元々、生命を失う危険なんて殆どない手術だと医師からも事前に聞かされていたはずである。その程度の手術に怯え、〝死ぬかもしれない〟と泣き喚いたことなどきれいに忘れ果て、紗英子は皮肉な想いで考えた。
「気分はどうだ? 傷は痛むか?」
紗英子が意識を取り戻したのがよほど嬉しいのか、直輝は顔を輝かせ、矢継ぎ早に訊いてくる。
普段は感情をあまり露わにしない夫がここまで歓んでいる―、本当なら、そのことにこそ感謝すべきだったのかもしれないけれど、紗英子は不機嫌に顔を背けた。
「良いわけないでしょ」
その科白には、紗英子としてはあらゆる想いを込めたはずだった。
しかし、単純な夫には理解できなかったようだ。直輝は整った顔を瞬時に翳らせ、更に身を乗り出すようにして紗英子の顔を見ようとする。
「やっぱり、傷が痛むのか? もしかして、吐きそうだとか?」
ゆっくりとまたたきを繰り返している間に、ぼんやりとした視界が徐々にクリアーになってゆく。紗英(さえ)子の瞳は、漸く周囲の光景をはっきりと映すことができるようになったらしい。しかし、直にその視界はまたもや曇り、すべてのものがぼやけて見えた。
紗江子は滲んできた涙を堪え、泣いているのが判らないように顔を枕に押しつけた。
「気がついたのか?」
ふいに耳許で声が聞こえ、男が自分を覗き込んでいるのが判った。見慣れた顔は、夫の直輝(なおき)だった。
「良かった、気がついたんだな」
別に、そんなに大騒ぎするほどのこともないじゃないの。
紗英子はどこか冷めた眼で夫を眺めていた。元々、生命を失う危険なんて殆どない手術だと医師からも事前に聞かされていたはずである。その程度の手術に怯え、〝死ぬかもしれない〟と泣き喚いたことなどきれいに忘れ果て、紗英子は皮肉な想いで考えた。
「気分はどうだ? 傷は痛むか?」
紗英子が意識を取り戻したのがよほど嬉しいのか、直輝は顔を輝かせ、矢継ぎ早に訊いてくる。
普段は感情をあまり露わにしない夫がここまで歓んでいる―、本当なら、そのことにこそ感謝すべきだったのかもしれないけれど、紗英子は不機嫌に顔を背けた。
「良いわけないでしょ」
その科白には、紗英子としてはあらゆる想いを込めたはずだった。
しかし、単純な夫には理解できなかったようだ。直輝は整った顔を瞬時に翳らせ、更に身を乗り出すようにして紗英子の顔を見ようとする。
「やっぱり、傷が痛むのか? もしかして、吐きそうだとか?」