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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~
第3章 ♠RoundⅡ(哀しみという名の現実)♠
「お前、自分が何を言っているのか、判ってるのか?」
 紗英子は唇を引き上げた。
「あら、男はセックスを拒んでも許されるのに、妻は同じことをしても許されないとでも言うの? 私が今夜、あなたの求めに応じなければ、離婚するとでも?」
 紗英子は直輝から顔を背けた。
「好きにすれば良いわ。あなたが好きなようにすれば良い。無理に抱きたければ抱けば?」
「この―」
 直輝の両脇に垂らした拳が震えている。
 結婚して以来、いや、十三歳で付き合い始めてから、夫がここまで怒るのを見るのは初めてのことだ。
 もしかしたら、殴られるのかもしれない。紗英子は眼を瞑った。殴りたければ殴れば良いのだ。それで気が済むのならば。
 紗英子と違って、所詮、直輝の怒りはその程度のものなのだろうから。
 でも、私のこのやり場のない感情はどこに持って行けば良い? 自分の宿命について誰を恨むこともできず、何のせいにもできない、この想いは。直輝のように、誰かにぶつけて済む程度のものなら、とっくにそうしている。ここまで悶々ともだえ苦しむ必要はないだろう。
 直輝はしばらく荒れ狂う感情と必死で闘っているように見えた。紗英子は殴られるのを覚悟していたのだが、彼は固めた拳を最後まで上げようとはしなかった。
 代わりに、ややあって耳に流れ込んできたのは、夫のものとは思えない冷淡な声音だった。
「勘違いするな。俺は何もお前じゃなければいけないほど飢えてもないし、獣でもない。一夜の欲望を晴らせる場所なんて幾らでもあるさ」
 つまりは、何が何でも紗英子を抱きたいとまでは思っていないということだ。夫にしてみれば、セックスが和解、或いは妻の冷えささくれだった心を癒すと考えていたのかもしれないが、それこそ紗英子に言わせれば、大いなる勘違いも良いところだ。
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