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やさしいんだね
第4章 ロストバージン
 ソンは駅前の路肩にワンボックスを一時停車させると、黙って運転席から降りた。

「なんにも入ってないやつにしてね!」

 ドアが締まる直前、体重と肌の調子を案じた小百合が慌てて叫んだが、叫ばずともソンはとっくに小百合がブラックコーヒー以外口にしないことを理解しきっていた。
 背を向けたまま歩き出したシャツとスラックス姿の後ろ姿が右手をひらりと上げるのを見て、小百合はホッと安堵してソンを見送った。
 40代とは思えない引き締まった体躯がスターバックスコーヒーの店内に消えていく。

 小百合は視線を窓の外から車内のあちこちに落ち着き無く点々と移動させた。
 今日に限っては、無音の車内は気持ちが逆に落ち着かない。

 緊張をほぐそうと鼻歌を歌いながらiPhoneをいじったり塾のプリントに目を落としたりしたが、頭の中から色黒さんの笑顔を消し去ることは出来なかった。

 しばらくして後部座席のドアが開くと、車内はスターバックスコーヒーの店内と同じ香りでいっぱいになった。

「ありがとう」

 ソンもまた白地にグリーンのロゴが浮かぶフタ付きカップに口を付けながら運転席に乗り込み、「いえ、とんでもない!」なんて明るく返事をして、エンジンキーを回した。

 一時間半だから15万。
 それに加え、オプション料金15万。
 合計30万。からの、3割。

 それが今日、小百合の稼ぎからかっぱらう、ソンの取り分だ。
 珍しく缶コーヒーでなくスターバックスのカップに口をつけているソンもまた、小百合と同じく上機嫌なのだろう。


「ねぇ、アナルの上級者としてなんかアドバイスちょうだいよ」


 小百合が甘ったるい調子でソンに話しかけたとき、薄紺に染まりはじめた駅前の景色が後方にゆっくりと動きはじめた。

「今朝は教えてもらった通り“洗って”きたけどさ」

 ふと小百合が窓の外に視線をやると、同じ中学の制服が見えた。
 灰色のブレザーを身に着けた少女は、母親だと思われる小奇麗な中年女性と肩を並べて歩いていた。

「そのまえに“クスリ”も使って全部出して・・・」
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