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やさしいんだね
第4章 ロストバージン
 ソンのワンボックスは夕暮れの中、いつものホテルに小百合を送り届けた。
 大理石のエントランスに佇み、小百合は真新しい中層ビルのオレンジ色に反射する窓ガラスを見上げた。

 こんな気持ちになるのははじめてだ、と幸せを奥歯で噛み締めながら、ロビーの奥にある中世ヨーロッパを思わせる豪華な内装のトイレに設置された大きな鏡の前に自分の姿を写し、どこにも抜かりがないことを確認してから、小百合はエレベーターに乗り込み松浦の待つ部屋へ向かった。
 チャイムを鳴らす指先は震えていた。


 色黒さんが欲しがっている場所に押し当てられるときも、こんなふうに震えるのだろうか・・・?


 想像する間もなく、ドアが開いた。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、ブルーのワイシャツ。
 鼻先を掠める煙草のにおい。
 そして、いつもの、日に焼けた優しい笑顔。



「・・・小百合ちゃん」


 目の横に笑いじわの出来た、並びのいい白い歯が唇から覗く、健康的な笑顔。
 小百合の大好きな、はじめて大好きになった、男の笑顔。



「待ってたよ。今日はほんとうに、ありがとう」



 小百合は、言葉が出なかった。
 代わりに、より強く確信した。

 わたし、この人が好き。
 色黒さんのことが、好き・・・。


 松浦の大きな手のひらに手を引かれ、小百合は一歩、二歩、と室内に足を踏み入れた。
 ドアが重たい音を立てて閉まる。
 挨拶の代わりに小百合は松浦の胸に飛び込み、精一杯背伸びをして松浦の顎先にキスをした。
 松浦の目は丸く見開いていたが、2度目のキスを受け取る前には腰をかがめ、小百合の華奢な身体を自分の逞しい身体に強く抱き寄せていた。


「お兄さん・・・私、お兄さんにずっとずっと会いたかった・・・」


 小百合は松浦の腕の中で絞り出すように述べ、唇の高さを合わせてくれる松浦の優しさを、いまにも破裂しそうな、爆発しそうな強い想いのなかへ押し込むようにして、今度こそ愛しい男の唇にキスをした。

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