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愛しては、ならない
第29章 虚しい演技を止める時

「忘れ物はない?剛さん」
菊野が、部屋のドレッサーで髪を指で整えながら俺に聞いてくる。
俺は部屋の中を見渡し、ベッドサイドの上に見覚えのある容器を見つける。
手に取り菊野の後ろまで行き、彼女に渡しながら耳元に囁いた。
「――俺にそんなことを言いながら、大事な物を置きっぱなしですよ……」
「あっ!!……」
菊野は目を大きく見開き、慌ててそれを後ろ手に隠す。
可笑しくて、俺はくつくつ笑った。
貴女は、こういう所が抜けていて、本当に可愛い。
「俺が贈ったハンドクリームですよね」
「……っ」
彼女は真っ赤に頬を染めて俺を見上げた。
――ひょっとして、いつも持ち歩いてくれている、のだろうか。
『剛さんのくれた物なら何だって嬉しい……』
あの日、これを渡した時の彼女の言葉が蘇り、胸が熱くなり、俺は身を屈めてはにかむ彼女を抱き締めた。

