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月下の契り~想夫恋を聞かせて~
第25章 番外編第三話【花影に咲いた花~源典侍のひとりごと~】
平安の御代、稀に見る賢帝と後々まで讃えられ語り継がれた朱雀天皇、その「后妃一覧」に名を残す「女御源皆子」。60歳という年齢で8歳の帝の添伏に立ち、そのまま妃となった彼女について、残された記録は少ない。
この話は朱雀天皇の最初の妃として過ごした彼女の眼を通して見た少年時代の帝を描きます。
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そのときの一瞬の彼の表情を典侍は忘れないだろうと思った。大人びた綺麗な造作の顔がくしゃりとゆがみ、泣きそうになって、その顔はどう見てもまだまだ親に甘えていたい歳の子どものものに相違なかったのだ。
少年は何か言おうとして口をうごめかしたが、結局、その言おうとした想いは表に出すことはなかった。ただ、次に彼が口にした言葉はほどなく去りゆく典侍にとっては何よりのものとなった。
「典侍、朕は帝だ。帝はいついかなるときも、心弱きところは見せられぬ。ゆえに、朕の心にある憂いをそなたに打ち明けらることはできぬが、これだけは伝えておきたい」
帝は手を伸ばして、典侍の細い手を取った。
「もし仮に典侍が朕と同じ歳月を過ごすことのできる―朕と同じ年頃の女であったなら、朕の人生はもっと違うものになっていただろう。そなたがあと五十年遅くに生まれていたならば、そなたは朕の本当の妃となっていたであろうな」
更に、帝はこんなことも言った。
「そなたが常に妃として朕の側にいてくれれば、朕の憂いも随分と軽くなったはずだ」
この話は朱雀天皇の最初の妃として過ごした彼女の眼を通して見た少年時代の帝を描きます。
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そのときの一瞬の彼の表情を典侍は忘れないだろうと思った。大人びた綺麗な造作の顔がくしゃりとゆがみ、泣きそうになって、その顔はどう見てもまだまだ親に甘えていたい歳の子どものものに相違なかったのだ。
少年は何か言おうとして口をうごめかしたが、結局、その言おうとした想いは表に出すことはなかった。ただ、次に彼が口にした言葉はほどなく去りゆく典侍にとっては何よりのものとなった。
「典侍、朕は帝だ。帝はいついかなるときも、心弱きところは見せられぬ。ゆえに、朕の心にある憂いをそなたに打ち明けらることはできぬが、これだけは伝えておきたい」
帝は手を伸ばして、典侍の細い手を取った。
「もし仮に典侍が朕と同じ歳月を過ごすことのできる―朕と同じ年頃の女であったなら、朕の人生はもっと違うものになっていただろう。そなたがあと五十年遅くに生まれていたならば、そなたは朕の本当の妃となっていたであろうな」
更に、帝はこんなことも言った。
「そなたが常に妃として朕の側にいてくれれば、朕の憂いも随分と軽くなったはずだ」