この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
月下の契り~想夫恋を聞かせて~
第26章 番外編第四話【横恋慕】
この作品をご覧下さった方からの感想で、作者が意外だったのが
―薫子のお父さんがカッコ良い。好き。
というご意見でした。
現在、ブログでも本編をやっておりますが、ブログで読んで下さった方の中にも、
薫子のお父さんが良いという感想をこの間、戴きました。
薫子のお父さん、つまり橘諸綱ですね。
小説を書いていて何がいちばん嬉しいかというと、やはり、こういう自分では
想像もしてしなかった感想を聞かせていただくことです。
番外編第四話は、その橘諸綱、政敵であった藤原道嗣(コチラは言わずと知れた帝の
おじいちゃん)の若い頃の話です。
本編で少しだけ触れた話―諸綱と道嗣が若い頃、薫子の母伊勢をめぐって
争ったエピソードを描いています。
薫子の父と承平さんこと帝の祖父の、薫子の母をめぐっての恋のさや当てです。
**************
「お放し下さい」
女は声を震わせた。声音までもが男を誘うかのような艶やかさを帯びている。見かけの可憐さを裏切るような、女性にしては少し低めの声がかえって耳に心地よい。
「放して」
女の声音に懇願するような響きが混じった。しかし、道嗣は捉えた女の手を放そうとはしなかった。
「そなたの名は?」
思いもかけなかったことを訊かれたようで、女は華奢な身体を震わせた。
黒い瞳には恐怖がありありと浮かんでおり、あたかも心ない猟師に捕らえられた小鳥のようでさえあった。
道嗣は矢継ぎ早に言葉を放った。
「頼む、そなたの名を教えてくれ」
我ながら、その声に女と同様、懇願するような響きが混じったのには愕いた。いつだって、女に追いかけられたことはあっても、この自分が女を追いかけたことなどなかった。帝の舅であり、中宮の実父、東宮、つまり時代の天皇の外祖父という立場にある彼には、どんな女でも皆、自分から媚びを売り身体を投げ出してくる。
道嗣が声をかけて、逃げようとした女はこれが初めてだ。
女が道嗣を見つめた。
「名を告げましたらば、この手をお離し下さいますか?」
道嗣は頷いた。もとより放してやる気はなかったけれど、ここで頷かねば、女の名前を聞き出すことは難しいであろうと思えたからである。
「私は伊勢と申します」
「伊勢―」
―薫子のお父さんがカッコ良い。好き。
というご意見でした。
現在、ブログでも本編をやっておりますが、ブログで読んで下さった方の中にも、
薫子のお父さんが良いという感想をこの間、戴きました。
薫子のお父さん、つまり橘諸綱ですね。
小説を書いていて何がいちばん嬉しいかというと、やはり、こういう自分では
想像もしてしなかった感想を聞かせていただくことです。
番外編第四話は、その橘諸綱、政敵であった藤原道嗣(コチラは言わずと知れた帝の
おじいちゃん)の若い頃の話です。
本編で少しだけ触れた話―諸綱と道嗣が若い頃、薫子の母伊勢をめぐって
争ったエピソードを描いています。
薫子の父と承平さんこと帝の祖父の、薫子の母をめぐっての恋のさや当てです。
**************
「お放し下さい」
女は声を震わせた。声音までもが男を誘うかのような艶やかさを帯びている。見かけの可憐さを裏切るような、女性にしては少し低めの声がかえって耳に心地よい。
「放して」
女の声音に懇願するような響きが混じった。しかし、道嗣は捉えた女の手を放そうとはしなかった。
「そなたの名は?」
思いもかけなかったことを訊かれたようで、女は華奢な身体を震わせた。
黒い瞳には恐怖がありありと浮かんでおり、あたかも心ない猟師に捕らえられた小鳥のようでさえあった。
道嗣は矢継ぎ早に言葉を放った。
「頼む、そなたの名を教えてくれ」
我ながら、その声に女と同様、懇願するような響きが混じったのには愕いた。いつだって、女に追いかけられたことはあっても、この自分が女を追いかけたことなどなかった。帝の舅であり、中宮の実父、東宮、つまり時代の天皇の外祖父という立場にある彼には、どんな女でも皆、自分から媚びを売り身体を投げ出してくる。
道嗣が声をかけて、逃げようとした女はこれが初めてだ。
女が道嗣を見つめた。
「名を告げましたらば、この手をお離し下さいますか?」
道嗣は頷いた。もとより放してやる気はなかったけれど、ここで頷かねば、女の名前を聞き出すことは難しいであろうと思えたからである。
「私は伊勢と申します」
「伊勢―」