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月下の契り~想夫恋を聞かせて~
第27章 番外編第五話【紅葉抄挽歌】
朱雀帝にとって、最愛の妻であり、生涯の想い人であり続けた皇后橘薫子。二人の出逢いは帝が二十歳、皇后が十六歳のときに遡る。
番外編最終話では、本編では描けなかった二人の哀しい別離を描きます。
*******************
「あなた。私は今度ばかりはもう駄目なようです。あなたや子どもたちを置いてゆくのは心残りにございますれど、どうぞ不忠をお許し下さいませ」
「何を申すのだ。朕を置いて一人で逝くだと、朕が許さぬ。良いか、死んではならぬ、これは勅命だ」
皇后の白皙に儚い笑みがよぎった。
「何がおかしい?」
とがめるように言うと、皇后が微笑む。
「あなたと来たら、ご自分の都合が悪くなると、すぐに何でも〝勅命〟になさってしまうのですもの。本当に若いときから、お変わりない」
「そうだ、朕はまだまだ未熟ゆえ、そなたがいつも側にいて支えてくれねばならぬのだ。ゆえに、一人で先立ってはならぬ」
弱々しい手がさしのべられる。帝はそのか細い手をひしと握りしめた。
「お約束を果たせぬことをお許し下さい。そして、子どもたちを―私たちの子をよろしくお願いします」
ずっとお慕い申し上げておりました、この心はたとえ息絶えても、あなただけに差し上げます。
それが、皇后の最期の言葉となった。
「宮ッ、宮、死んではならぬ、薫子―っ」
帝の悲痛な声が静まりかえった産室に響いた。帝の背後では、皇后の父、左大臣諸綱が唇を噛みしめて嗚咽していた。
それから半日を経た夜半、皇后は周囲の祈りも空しく力尽きた。帝は溢れる涙を拭おうともせずに、皇后の額に落ちた乱れ髪をそっと手で直し、その頬に軽く口づけた。
「朕こそ、ずっとそなたを愛していた。たとえ、その身は遠く離れても、朕の心もまた生涯そなただけのものだ」
庭の紅葉が燃えるように紅く色づいた秋たけなわのある日、帝の生涯の想い人である皇后橘薫子は逝った。御年三十八歳、眠るように安らかな死に顔はどこまでも美しかった。
番外編最終話では、本編では描けなかった二人の哀しい別離を描きます。
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「あなた。私は今度ばかりはもう駄目なようです。あなたや子どもたちを置いてゆくのは心残りにございますれど、どうぞ不忠をお許し下さいませ」
「何を申すのだ。朕を置いて一人で逝くだと、朕が許さぬ。良いか、死んではならぬ、これは勅命だ」
皇后の白皙に儚い笑みがよぎった。
「何がおかしい?」
とがめるように言うと、皇后が微笑む。
「あなたと来たら、ご自分の都合が悪くなると、すぐに何でも〝勅命〟になさってしまうのですもの。本当に若いときから、お変わりない」
「そうだ、朕はまだまだ未熟ゆえ、そなたがいつも側にいて支えてくれねばならぬのだ。ゆえに、一人で先立ってはならぬ」
弱々しい手がさしのべられる。帝はそのか細い手をひしと握りしめた。
「お約束を果たせぬことをお許し下さい。そして、子どもたちを―私たちの子をよろしくお願いします」
ずっとお慕い申し上げておりました、この心はたとえ息絶えても、あなただけに差し上げます。
それが、皇后の最期の言葉となった。
「宮ッ、宮、死んではならぬ、薫子―っ」
帝の悲痛な声が静まりかえった産室に響いた。帝の背後では、皇后の父、左大臣諸綱が唇を噛みしめて嗚咽していた。
それから半日を経た夜半、皇后は周囲の祈りも空しく力尽きた。帝は溢れる涙を拭おうともせずに、皇后の額に落ちた乱れ髪をそっと手で直し、その頬に軽く口づけた。
「朕こそ、ずっとそなたを愛していた。たとえ、その身は遠く離れても、朕の心もまた生涯そなただけのものだ」
庭の紅葉が燃えるように紅く色づいた秋たけなわのある日、帝の生涯の想い人である皇后橘薫子は逝った。御年三十八歳、眠るように安らかな死に顔はどこまでも美しかった。