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私は犬
第29章 諦めろ*
そうだった。有史さんのお父様は、あのマンションのあった場所で生まれ育ったんだった…。

「マンション建設の話を聞いた時、どう思った?」

「複雑だったな。」

あぁ。これは愚問だったかもしれない…。あのマンション建設には、九宝グループの他企業が大きく関わっている。九宝商事の社員である有史さんが断れる筈なんかない…。

「俺、入社したてだったけど、九宝系列の社員じゃん?そのせいで婆さん、反対住民に目の敵にされてたらしくてさ…。なのに、そんな事一言も口にしなかったんだ。施工が終った後に、近所だった人に聞かされて初めて知った。婆さん問い詰めたら、『アタしゃ知らないよっ!』しか言わねえの。恐ろしく頑固な婆さんだったな…。」

それ、恐ろしく優しい婆さんだよ…。《だったな…》って、それ…。

「おばあ様、どうされているの?」

「去年ポックリ逝った。何度も、一緒に暮らそうって言ったのに、『アタしゃ孫の世話して暮らすなんて御免だよ。』って、とっとと老人ホーム決めて入所しやがってさ。職員さんが、朝飯に来ないから見に行ったら眠るように逝ってたって。まぁ、90過ぎてたから、大往生だろ…。100歳まで生きるって言ってた癖に、あのババア、嘘つきやがった…。」

ああ…。この人って。本当に言いたい事を口に出来ないんだ……。

だって、今にも泣き出しそな顔をしながら、亡くなった身内を悪く言うなんて。そんな人、どこを探したって居やしないもの。
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