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私は犬
第32章 我慢の限界*
私が声を掛けるより早く、剛ちゃんが駆け寄った。筋肉質なお姉に黄色い裏声で馴れ馴れしく話し掛けられたというのに、春るんこと春木さんは顔をピクリとも動かさない。さすがだわ…。

「真子さま、ご無沙汰致しております。空路、お疲れ様で御座いました。お車の用意が整っております。どうぞ。」

「ありがとう。」

こういう気遣いを頂いても、何て返せばいいかなんて分からない。《ありがとう》って便利な5文字が無かったら、今頃、胃が半分になってるわ。

迎えの車に乗って、ローザンヌの東南のモントルーへ向かった。だいたい2時間で着く。剛ちゃんは春るんとずっとお話している。春木さんはそれなりに年配だけど、もしかすると格好いいのかも知れないわね。剛ちゃん、ああ見えても面食いだもの。

車内に用意された、色とりどりのルクセンブルゲリーをかじりながら2人のやり取りを眺めていると、剛ちゃんのお小言が飛んできた。

「あんたっ!ちゃんと機内食食べないからお腹空くのよっ!マカロンなんかで飢えを凌ぐの止めなさいっ!お菓子食べたらご飯食べらんなくなるわよっ!」

うるさい…。そんな怒鳴らなくても聞こえてるつぅの。途中から地声になってるの、気付いているのかしら?

「これ、マカロンじゃないもん。ルクセンブルゲリーだもん。」
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