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私は犬
第33章 さよなら
いつだって、気が付けばそこにいてくれた。甘えさせてくれた事も無い代わりに、酷く怒られた事も無い。

通いの乳母や家庭教師が、カリキュラムを必死に消化させようと躍起になっている横で、『手が足りないから借りてくよ。』と私を外や厨房へ連れ出して、息抜きさせてくれた。

一緒に、サフランの花や果物を摘み、たくさんの保存食にして。馬鈴薯や林檎の皮を剥き、小魚に小麦粉をつけて揚げ、パンを焼いた。そんな、何でもないような事が、とても、とても嬉しかった…。

「私、ちょっと、出掛けなきゃいけない用事が出来たの。」

有史さんにそう告げてベッドを抜け出す。自分の部屋に戻ってスイスに戻る準備しなきゃ。

「待て。こんな早朝からどこに行く?」

んッと…。何処ってモントルーに帰るのよ。

「……おいで。」

有史さんは私の手を引いて、リビングに連れて行くとソファーに座らせて、温かい飲み物を淹れてくれた。

「で、誰が亡くなったんだ?」

そう言われてギョッとする。何で知ってるの?私、まだ何も言って無いのに…。

「隣に居れば、通話が漏れる。会話の内容からも、おおよその検討はつくだろ?」

ああ、そういう事か。聞くつもりが無くても聞こえちゃったのね…。仕方なく、かい摘まんで、事情をさっくり説明した。

「俺も行く…。どうせ、連休明けたら向こう方面に出張だ。2日早く出発しても、あんま変わんねぇ…。」

そう言うと、私をケットにくるんで書斎に行ってしまった。チケットの手配でもするのかな…。

目の前に置かれた温かい紅茶から、蜂蜜の甘い匂いがした…。
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