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陽炎ーカゲロウー
第9章 春の息吹
市九郎は手を止め、ゆっくりと振り返った。

「お前だけなら護ってやるさ。その言葉に二言はねぇ。
けど餓鬼となりゃ話は別だ。
赤猫。俺ァお前と所帯持った訳じゃねえ。
そこんとこ履き違えんな」

赤猫は、血の気の失せた口唇を噛み締め、
溢れそうになる涙をぐっと堪えた。

「解った…明日、降ろしてくる…」

市九郎は、研ぎ終えた山刀を壁に掛けると、家を出て行く。

赤猫は独り、衝立裏の寝床に横たわる。

夜具に染み込む、市九郎の汗の匂い。

市九郎を感じれば感じるほどに、寂しさがいや増す。

独りで眠る日は、これまでも幾日もあった。

けれど。

その日はなかなか寝付けなかった。

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