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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第4章 孤独な牢獄
その時ふと、行く手で何かが動いた気がした。
ゆらゆらと燃える蝋燭の灯りに、ぼんやりと大きな影が近づいてくるのが見える。
(王様……?)
そう思ったら足が止まり、息を殺してそっと壁に張りついてしまう。
さっきはままよと捨て身でやってしまったけれど、王様に情事の懇願をしたのだ。さすがに恥ずかしい上に気まずい。私にも羞恥心はあるし、もう少し心の傷を癒してからお茶の時間にさらっと謝るとか、そういう関係修復を目指したいのだ。こんな短期間で再びあわす顔など持ち合わせていない。
丁度柱の出っ張りになったところに身を隠し、次第に聞こえてくる布擦れの音に、口元に手をあてて存在を消した。
近づくほどに、ぺたぺたと裸足で歩くような音が聞こえて、内心首を傾げる。
王様の足下をしっかり見たことはないが、彼は城内では裸足で歩くのだろうか? 部屋を出て行ったときの記憶がなくて、私は少しだけ近づいてくる者を見てみようかと息を潜めたままこっそり顔を覗かせて目を凝らす。
暗い廊下で足音だけが響いて、次第に緊張感が増していく。また鼓動が大きく打ち鳴らしはじめる。
私の位置から見るには、ちょうど一メートルほど前に点けられた次の蝋燭の灯りに照らされるときがチャンスだ。
「……、」
しかしあと少しのところ、蝋燭にわずかにその影が照らされたところで、ひた、と歩みが止まった。まさか私に気づいたのだろうか。
「……」
謎の存在は、しばらくの間そこに立ち止まり、時折布擦れの音をたててはため息をつく。
そこは私の部屋のドアの前だった。
(王様……何か言いにきたの……?)
ノックするのを躊躇するように、ドアにそっと触れる音がした。苦悩するようなため息を聞いていると私はもう堪らなくなって、一歩踏み出した。
「王様!」
「!」
そして見た。
わずかな蝋燭の炎に映し出されたのは大きく、この世の凶悪を詰め込んだような醜悪に歪んだ、顔とも言えない形相の生き物だった。
たてがみの様な黒い毛が頭から背中に続き、牛男を連想させる地面につきそうな大きな腕。仕舞いきれない乱杭の牙の間からは涎がつたい、二つの目が反射して光り、私を見た。
「きゃああああああああああ!!!」
あまりの光景に絶叫し、私は意識を失った。