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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
歌が聞こえた。
いつか聞いた、悲しくて優しい音色。
「――……、」
大きな月が見えた。見慣れた窓の形に、私はいつの間にか自分の部屋のベッドに寝かされていることに気づく。
その月の下に大きな黒い影があり、さっきの恐ろしい生き物を連想してヒッと声を上げそうになると影が振り返った。
「……起きたか」
「お、うさま……」
鋭利な牙も光る目もない、聞きなれた優しい声に思わず涙が出そうになる。誤魔化すように体を起こすと、ずきりと後頭部が痛む。
「私……」
「廊下で倒れていた」
「倒れて……」
そうだ。見た瞬間に悲鳴をあげて、その後の記憶がない。
「王様……あの! 私さっき……」
さっき見たものを伝えようと声をあげると、王様は悲しそうに微笑みを浮かべるのが分かった。
それを見ると何も言えなくなって、手元を見る。
「おそろしいもの」「おぞましいもの」どう表現しても、きっと彼を傷つけるのかもしれない。
(けどあれは、王様じゃなかった。全然別の、もっと怖い生き物……)
けれど王様は何か知っている様子で、どうしても訊ねられる雰囲気じゃなかった。
ジンと痛む後頭部に、王様はついさっき部屋であんなことをしてしまった私を部屋まで運んでくれたのかと思うと、少し救われた気持ちになる。
「……」
この沈黙も、苦じゃなくて心地いいものに変わっていた。
(最初にランチしたときは、この沈黙が怖くて話しかけたのに)
ふと、王様の部屋で私がやったことは昨日のユーリと一緒なんじゃないかという考えが頭を過ぎった。
相手のことを考えないで、自分だけ満たされようとした。呪いに苦しむ王様を救ってあげようともしないで。そんなの、絵本で見た目の見えないお姫様と一緒だ。
「……。さっき、絵本を読んだんです」
「絵本?」
「呪われた王様の絵本です」